オックスフォード通信(179)ベルリン

ドイツ人の英語は分かりやすいとおもっていましたが、朝のチェックアウトの際の女性の英語はピンと来ませんでした。女性特有のピッチの高さから来るとところがあるのかもしれません。外国を旅行していて英語がピンと来ないと少し嫌なものですが、考えてみると日本語でも話をしていてピンと来ないことはよくあることなので英語だからどの人の英語もよく分かるということは考えない方がいいのかもしれません。

ドレスデンで宿泊した NK Connections というホテルは私が泊まるホテルとしては珍しく高級ホテルのようでいいバスタブがありお湯もふんだんにでるので(オックスフォードのフラットのシャワーの水圧は弱いですし、ウイーンのホテルはバスタブなし、プラハのホテルはバスタブがあるもののお湯をためるところまではいかず)日本と同じようにゆっくりとお湯につかることができます。お湯につかるのは大事ですね。

ドレスデンはエルベ川と沢山の教会以外にはこれといって見物はないのですが、街をぶらぶらするのには楽しいところです。ホテルの前の広場は Altmarket (=old market)として食べものの店や工芸品のお店が並んでいました(ブラシ屋さんでパソコンのキーボードのブラシを購入)。ショッピングモールの中にはアップルストアもありお馴染みのMacやiPadが並んでいました(ただし、キーボードの配列はドイツ特有。キーの数も多い)。ビールも巨大な1リットルのジョッキのものもあり(結構な人数の人がこの巨大ジョッキでビールを飲んでいました。私も調子にのって注文したのですが、重すぎて片手で持ち上げるのが大変な感じでした)食事も肉料理中心ですがどれも美味しく頂きました(スペアリブ、ローストビーフ)。本当はクリスマスマーケットの頃に(同じ広場で沢山のお店がでるそうです)もう一度来れるといいのですが、これは10年後くらい先になるかもしれません。

さてベルリン中央駅に午前11時前に到着しました。最初に迷ったのがトラムと地下鉄。今晩のホテルはホリデイ・インのアレキサンダー広場前なおので「S」というトラムに乗るのですが、通常のトラムのイメージと異なりベルリン中央駅の2Fのプラットフォームから私鉄のように発着しています。ベルリンの近未来的なイメージとは異なりSのトラムも後から乗るUの地下鉄もふた昔まえくらいの乗りもののように見えます。これは東西ベルリンの分断の影響かしらとも思うのですが、映画『Bridge of Spies』で出て来るベルリンの電車そのままです。

まず訪れたのがブランデンブルク門です。東西ベルリン、東西ドイツ分断の象徴と言われた建物です。残念ながら旧西ドイツ側はイベントの準備していて足場が組まれていましたが、東西ベルリンの中心部に立っていた建物で、東西ドイツ統合の象徴の門を見ることが出来感無量でした。すぐ横にアメリカ大使館、少し離れてイギリス大使館があるのも(イギリス大使館前はBrexitの関係でしょうか、車両通行止めになっていました)。ブランデンブルク門の土産物屋でベルリンの壁のカケラを売っていたので写真に撮ったところお店の人にこっぴどく怒られました(すいません)。

その後、苦労しながら(SというトラムとUという地下鉄の路線が分かりにくい!)ベルリンの壁記念館(Gedenkstätte Berliner Mauer)へ。その前には巨大な壁がそのまま残されていました。これを見て人は何を思うのでしょう。もちろん権力による抑圧された人々が感じる理不尽さ、自由を求める人間の根源的欲求、時代に翻弄されながらも時代を動かした人々の力の大きさ。いろいろなイメージや印象が湧いてきます。展示を見る人達(多くはドイツ人だと思われます)の真剣さ。

それにしてもベルリンは「S」といい「U」といい乗り場も方向も間違えやすいです。ベルリンの壁記念館を訪れた後帰ろうとして「U」も駅を探しても分からず、ベルリンの人には分からない、又は急いでいるのでと十分教えてもらえず、よく考えると勘違いで「S」に乗ってきたのでした。S=トラム、U=地下鉄なのですが、Sも地下を走るので混乱します。方向も逆方向の電車に乗ってしまい慌てて戻るということもありました(これはドイツ語の車内放送が分からないため)。

さて、夜はこの旅のハイライト、ベルリンフィルの定期演奏会への参加です。思えば、父に連れられて中学生の時に京都市交響楽団の定期演奏会に(旧)京都会館に連れて行ってもらったのがクラシックコンサートの出発点でした。それから40年、ついにホールもオーケストラも世界最高峰と言われるベルリンフィルのコンサートに行けることに感無量の想いでした。この日は思い切ってホテルからタクシーで(アプリで簡単に配車してもらえます)、フィルハーモニー(Philharmonie)へ。開演1時間以上前でしたがすでにかなりの人が集まっていました。1時間前きっちりに開門、中へ、勇んでチケットを手渡すと係員が厳しい表情で「ここではない」。愕然。間違えた?でもよく聞くと横のホールがクラシックコンサートの会場のようです(実際に私のような人がドイツ人も含めて結構いらっしゃいました)。

ベルリンフィルは人気があるのか日本人の姿も結構見ました。この日は豪勢にコンサート前にシャンパンを頂きました(グラス一杯が€15=2000円もしました。でも新しいボトルを景気良く開けてくれました)。開演前に会場を見て回りましたが、ステージの四方を客席が囲みこむスタイルです。これで2000人近く入るそうですが、どの席からもステージが近くに見えます。さすがにコンサートが始まると写真撮影は禁止のアナウンスが流れましたので(なかには、Go Proで演奏後の拍手のところを撮っている剛の人も、イタリア人?)。

ベルリンフィルのコンサートマスターは(イギリスではLeader)樫村大進さん。奏者の最後に拍手で迎えられての入場。堂々とした態度にも笑顔で団員と談笑する余裕が見えます。今日はブルックナー交響曲No.5一曲のみ。奮発して一番いいA席でしたので、樫村さんをはじめ楽団員の姿がよく見えます(コンサート用の強い矯正メガネを忘れて行ったのですがよく見えました)。

感想は、音の振動を楽団員と客席が共有している、ということに尽きます。客席もいいコンサートになるよう音ひとつ、咳一つしないように協力する緊張感が感じられます。その中で、バイオイン、ビオラ、チェロ、コントラバスという絃楽器が第一楽章から一貫してブルックナーの重厚な音を奏でます。途中、フルートやトランペットの管楽器が主題を導入していきます。73分あったはずですが、ステージに集中しながら脳裏にはいろいろなことが浮かんできました。

印象的だったのは、ベルリンフィルは緊張感漂う中でもちろん一生懸命演奏しているのですが、同時に音楽を楽しんでいる姿が見て取れました。楽章の合間に見せる笑顔、演奏中の恍惚とした表情。緊張と楽しみ、これは以前、樫村大進さんがドキュメンタリーの中で(The Professionals)「No risk, No fun」と言っておられてたことと符合するところです。

帰り道、でも東西ドイツがあってベルリンの壁で覆われている時代も(その時代は少なくとも30年はあった)このホールでベルリンフィルが最高の演奏を続けていたことを想像しながら、当時のオーケストラがより緊張感と存在意義を賭けて演奏に臨んでいたんだろうと思いを馳せました。
ベルリンの壁とベルリンフィルは関係ないようで深く結びついているように思います。なぜ音楽を奏でるのか、愛するのか?それは人生の絶望と可能性そして希望を謳うためではないでしょうか。

(2018.9.22)

★今回の教訓:ベルリンは絶望と希望が入り混じった街なのか。
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