オックスフォード通信(175)プラハ

ウイーンからプラハへ電車で移動しました

ウイーン中央駅は予想以上に大きく、清潔で、電光掲示板などよく整理された使いやすい駅です。プラットフォームがどこになるか心配だったのですが、1時間前には表示され(9番ホーム C-Fでした。このC-Fの意味が最初分かりにくかったのですが、同じホームにA、Bと乗り場が指定されています。私が乗る前の電車がFあたりから出発したのですが、Aにも同様に電車が止まっており[Don’t rideと表示が出ていましたがが] 間違えて乗り込んでいる人もいました。その後発車した後に気づいたのか走っている人もいましたので分かりにくいところです)。

さて、朝、9:10発のTrain Jet スメタナ号にて一路プラハへ。ヨーロッパ版の新幹線とのこと。それほどのスピードは出ませんが(最高で120km/hくらい)電気気動車が牽引しているので揺れもなく快適な列車の旅です。

イギリスもそうですが、トンネルもカーブもほとんどなく直線の旅です。オーストリア西部に広大な草原が広がっています。雄大です。

列車はウイーンからチェコ国境の町Brunoを越えて山の中を走ります。イメージとしては山形新幹線といった感じです。スピードを出せるところは160kmくらい、山間部にはいると70kmくらいです。

車内はWifiや電源も完備されていて2等車で十分という感じです。それにしてもこのオーストリア=チェコ国鉄は生真面目で5分列車が遅れていることを申し訳なく思っているようで何度も5分遅れているとアナウンスします。このような態度はイギリスでは久しく見たことがありません

結果的には10分遅れでプラハ中央駅に到着しました。プラハの印象は石畳の街、そしてドイツ語とは異なりチェコ語が話される国。

まずはプラハ城に登るべく歩き始めました。プラハは大きな街ではないし、ウイーンとよく似た感じなので例えば一日乗車券などの買い方や有効化 (Validate) の方法などは同じです。ただ問題はトラム。なるべくトラムに乗りたいとおもうのですが、Google Mapの乗り換えでは地下鉄ばかりでなかなか出てきません。しかたなく、地下鉄に乗り込み、といっても3分くらいで到着。そこからはひたすら長い坂道を上がっていきます。

実は、到着して、お昼ご飯を食べていないことに気づき、ホテルマンのおすすめのチェコ料理のお店で、ウインナーとローストビーフを頂いた後でした。もちろん、ここにチェコビールがセットになっているわけでビールを飲んだ後に山の頂上にあるプラハ城に登るのはなかなか骨の折れるものでした。それにしても多くの観光客です。ウイーンよりも街が小さい(観光地域が)か観光客が多いように思います。

土産物屋さんやレストランの印象はより民族的、よりギリシアよりという感じでしょうか。親しみを持てる感じです。英語はウイーンで話をした人達よりもコミュニケーションしやすい印象です(これは全くの個人的印象です)。

今回、プラハでは是非、ドボルザークのゆかりの場所を歩いてみたいと思っています。クラシックで一番好きな曲は?と聞かれたら二もなく、「ドボルザーク、交響曲第8番、イギリス」と答えるくらいです(実は、明日、チェコ交響楽団演奏でその第8番がプラハで演奏会を開くことを知りました。大人気らしく、チケットはすべて売り切れ。事務局に昨日メールを送ったら2ヶ月前に売り切れていますのであきらめて下さい、と親切な返事が。もう一回来なさいということなのかもしれません)。

本日のハイライトはプラハ城の中にある「聖ヴィート大聖堂」の尖塔に登ることでした。高いところが小さな頃から好きなので(リバプールを案内して頂いたD先生は全く逆の好みだとおっしゃっておられました)、プラハ城までの道のりでかなり消耗していましたけれど、オックスフォードのSt. Mary教会くらいだろうと高をくくって登りはじめました(この高をくくることは結構大事なことです)が登っても登っても着きません、同じらせん階段の繰り返しです。時々、鐘楼が見えるくらいで、バベルの塔のようにどこまでも階段が続く感じです。何度も休憩をはさみながらやっとのことで頂上へ。プラハの全貌を目にすることができた感動と足の疲れが半々というところです。年の割には足腰には自信があったのですが(最近腰は怪しい)、その後登ってくる人を見るとすいすいと息も切らさず登頂する人も多いところから、まだまだ修行が足りないと思った次第です。

大聖堂のてっぺんからプラハの町並みを見ながら、たとえば、1400年当時の国王カレルは何を考えていたのだろうかと考えていました。恐らく、日本の戦国時代の武将と同じ心情だったのかもしれません。ただ違うのはお城と教会がセットになっているところです(オックスフォードもカレッジと教会がセットになっています)。一方、宮崎駿「ルパン三世カリオストロの城」の城下町のような飲食店がお城の麓に軒を並べているのは日本でも同じ事だったのかもしれません。

風景は綺麗だったのですが、一方で、ここに来ている人は何に感動しているのだろうか、とも思いました。歴史的建造物?古さ?絶対的な美しさ?自然と街の融合?私達が忘れかけている人間らしい町並み?

たしかに、ブルタバ川にいくつもかかる橋と煉瓦色の屋根の町並みは中世のようですし、無条件に美しいと思います。またカレル橋自体、味のある他にない、絶対無二のもののようにも思います。

答は分かりませんが、今の自分の生活にないものがこのプラハの町並みにはあるのでしょう。

(2018.9.18)

★今回の教訓:ドイツ語圏、チェコ語圏、イタリア語圏などが隣接していれば共通語としてのリンガフランカ構想が浮かぶのは理解できる。共通言語が生活に必要だ。
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