オックスフォード通信(127)若木は嵐に育つ

オックスフォードに来てからすこし自分の教師生活を振り返ることがあります

公立中学校で11年、短期大学の講師・助教授として8年、大学の助教授・教授として17年、計36年教師をしてきたことになります(大学院留学などの期間を含む)。その間、多くの素晴らしい教師に出会ってきました。すぐ頭に思い浮かぶだけでも、大学時代にはゼミの担当であった稲葉宏雄先生、田中昌人先生、天野正輝先生、田中耕治先生、大学院修士課程では髙島英幸先生、山岡俊比古先生、二谷廣二先生、次重寛禧先生、田中正道先生、青木昭六先生(青木先生にお世話になったのは院を修了してからだが)、大学院博士課程では Sharon Lapkin先生、Merrill Swain先生、Nina Spada先生、Alister Cumming先生、Nishisato Shizuhiko先生など学生として院生として多くの先生の薫陶を受けてきました。

一方、多くの大学の教員や研究者と異なり、私は大学卒業後教師として働いた後、30才を過ぎた頃大学院に入りましたので、教師の仕事に関しては大学時代及び中学教員として働いた20代に出会った先生方の影響を多く受けてきています。

その中でも、大学4回生の時、京大に1回だけ講演に来られた林竹二先生と同じ中学校で働いていた当時の学年主任だった中村昇先生との出会いは大きかったと思います。

林竹二先生は今から思うと亡くなる2年前の講演だったと思います。「授業を通して教師も生徒も変わる」ことを実感を込めて当時の法経1番教室を埋め尽くした学生に語られました。その信念に基づく話しぶりに、困難を伴いながらも、教育の可能性を大いに実感したのをよく覚えています。「国語でなくとも英語でも同じことはできるでしょうか?」と直接先生に質問したところ「もちろんです。多くの英語の先生が素晴らしい実践しているではないか」と力強くお答え頂いたのも鮮明に覚えています。

中村昇先生には、授業もクラス運営もうまくいっていない時、あきらめないで一緒に頑張っていこうと同じ目線で日々励まして頂きました。当時、経験も浅く「教えられたように普通に教えていた私」の授業に魅力がなかったのは事実です。もちろん、その後、大学の教員になって物事がすんなりと授業がスムーズに進んだ訳ではないですし、苦労もありましたが、20代の教員時代の比ではありません。林先生のような魂の授業をしようと思ってもできないもどかしさ、明らかに生徒の興味をつかみきれていない授業、忙しい毎日、見えない展望。

でも今から振り返ってみるとその日々の葛藤があったから今の自分があることに気づきます。当時、三上満先生の「若木は嵐に育つ」という本を読んで、嵐の中にいる若者は全然そんな気になれないよ、と思っていました。でもその嵐にもいつか対処できる方法を編み出すことができるのも事実で、今から思うと三上先生は正しかったと思えるのです。

振り返るのには早いのはよくわかっていますが、今日このようなことを考えていたのも、今春大学を卒業し、関西のある市の中学校の英語教員として奮闘しているAさんと昨日、テレビ電話で話したことがきっかけです。彼女はまだ常勤講師の身分ですが、英語の授業に加え、学級担任、クラブ指導も受け持っています。新採ですら多くの場合1年目は学級担任は免除されるのと比較しても荷重の負担です(おまけに教員採用試験の準備もしなければなりません)。このような状態でありながら管理職からはできていない所について手厳しい指導というか叱責が度々あるそうです。本来なら、これだけの負担を強いているわけですから、このようにすればもう少しうまく行く、といったサポートをするのが、又はそのような体制を取るのが管理職の仕事だと思います。

矛盾を感じます。

しかし、一方で彼女の話を聞きながら、自分自身の20代を思い出していました。時代も置かれている状況も大きく異なります。でも困難にあることには変わりはありません。

管理職と対決して仮に管理職が折れて、Aさんをサポートしてくれるように変わってくれるとそれはいいかもしれませんが、そこに至るまでの道のりを考えるとそれこそ呆然となります(本来は、同じ学校で教える同僚がもっと手を差し伸べるべきです。また、なぜ新卒の講師が担任をしなければならないのか、その学校の人事構成に歪さを感じます。誰かが担任を拒否しているわけです。どの組織にも理由をつけてしんどい事から逃れようとする人がいるものです)。そのようなことに使うエネルギーは「授業」に向けるべきだと思います。

「授業が変われば、生徒も教員も変わる」。この林竹二先生の教えはいまも生きています。しかし、一方で授業を根本的に変えることはそれこそ大変です。

マンガ『美味しんぼ』に先代から受け継いだだ天ぷらやの二代目の話があります(二代目の腕)。どれだけ修行して工夫してもお馴染みさんからは親父さんにはまだまだだねと認めてもらえないと悩んでいるのです。そこへ山岡がやってきて、てんぷらではなくて、付け合わせの漬物に工夫を凝らせ、とアドバイスをするのですね。二代目はぬかから工夫をしてピカイチの漬物を天ぷらと一緒に出すと、馴染みの客が、腕を上げたね、と絶賛するというお話です。

いろいろな解釈があると思うのですが、私はどこか一部分でも改善すると全体がよくなったように人間はいいように錯覚すると理解しています。

Aさんにアドバイスをしたのは、学級担任もクラブも英語の授業も全部を変えようと思ってもそれは気が遠くなるし非現実的、英語の授業に絞って、しかもその10%(5分間/50分授業)だけを何かあたらしいアイディアで変えてみてはどうだろうか、ということでした。

幸い、英語の授業は切り口が色々とあります。デジタルネイティブの20代の教員であれば、まずインターネット、iPad、電子黒板などICTが真っ先に頭に浮かびます。ビジュアルや音声と組み合わせると一層効果的です。そして、ALT。ALTのサポートで沢山の教材をICTを駆使して作ることができます。これは若い先生の得意分野です。まさにDigital Age の真骨頂です。

Aさんには是非、英語の授業から切り込んでいってほしいな、と思います。

「石の上にも三年」

そう、卒業式にゼミの皆さんにお話しました。今回は教師の仕事について書きましたが、仕事について3年くらいはどの業種でも大変です。

嫌なことは寝て忘れられるのも若者の特権です。また翌日は新しい一日として臨むことができるのが若者の特権です。あっけらかんとしていたらいいのです。

誰しもできなかった20代があったのです。今この文を読んでいただいたみなさんが20代なら出来なくて、もともと、と思って、「少しずつ」改善を目指してください。

今読んでいただいているのが50代の管理職の皆さんなら(あまりない状況ですが)、自分の20代を思い出して、建設的なアドバイスをしてあげていただきたいと思います。自分の学校をよくしたい気持ちは分かりますが、それは同僚性を基盤した協働性の上に成立するものだと思います(豊中市の校長をしている畏友のN先生にこの話をすると激怒するだろう)。

A先生、一歩一歩、授業を見つめて改善してゆきましょう。いつか、私のように振り返る時がきますよ。生徒はよく見ていますよ。大丈夫。A先生は未来の教師です。経験を積んで少しずつ授業を改善してゆきましょう。

若木は嵐に育つ

(2018.8.1)

★今回の教訓:上に立つ人の人格は格段と重要だと思う。長のつく役職についた途端に勘違いする人が結構いる。一生、その長の仕事に留まれるのなら別だが、自分がその仕事を離れた時にどれだけ周りの人に慕われるか考えて行動するべきだ。実力のない人ほど偉そうにするのはいつの時代も変わらない。有言実行のリーダーと一緒に仕事がしたいし、そのようなリーダーシップが取れる人にいつかなりたいものだ。
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