オックスフォード通信(121)良心とxxx

From a distance

遠望すると普段見えないものも見えることがあります。私の好きな歌に、この From a distance があります。もう四半世紀(=25年)前になるのがビックリですが、公立中学校の英語教員をしている時も3年生の授業では必ずこの歌を取り上げていました。

湾岸戦争の際(1990-91)Bette Midler のカバーが有名になりましたが、もともとは Julie Gold の歌です。その頃、NHKラジオ英会話を視聴していて講師の大杉正明先生の名調子で紹介されたのがこの曲を知ったきっかけです(先生とは、大学の教員になってFEAT3の学会で親しくお話をさせていただく機会があり感激したのを覚えています)。

From a distance, the world looks blue and green
And the snow capped mountains white
From a distance, the ocean meets the stream
And the eagle takes to flight …

と続きます。イギリスは宇宙ではありませんが、日本を傍観したり、イギリスと日本を比較することによって Julie Gold が歌った効果があります。

会議を重ねても良い結論に至らないことが日本ではよくあります。3つのパターンがあって、A) トップダウン式の会議で何を言っても結論は最初から決まっているので「あきらめて」何も言わない(このパターンが一番多い)、B) 意思決定者(CEO、社長など)に歯向かうと報復(特に、人事などで)を受けるので、意見を言わない、反対しない、C) 正論の提案に対して、しんどいことが嫌なので理由をこね回してその正論が通らないように筋の通らない意見を述べる(現状を改革しようとする会議によく見られる=だからトップダウンでないといけないのだという短絡的結論を生んでしまう)。

パターンは違え、共通しているのは、自分の中にある「本当は … なんだけど」という良心のささやきと何かを取引していることです。パターンAの場合は、良心と平穏な生活を、Bの場合には、良心と保身を、Cの場合には良心と自分さえよければ後は知らないというわがまま(自己中心性「わが亡きあとに洪水はきたれ」)と交換しているのです。

よく、なぜ太平洋戦争を防げなかったのか、なぜナチスドイツのような独裁を生んでしまったのかという疑問が呈せられることがあります。私も何十年とその疑問をモヤモヤと考えてきましたが、最近ハタと疑問が氷解したように思います。

それは政治制度や社会・経済状況というrマクロの問題もありますが、最も大きな問題は個人のレベルで良心を押し殺す作業が日常的に行われている所です。この押しつぶされた良心の束と交換されたものが戦争や絶対主義を招く原因ではないでしょうか。

誰しも自分が可愛く、平穏で少なくとも現状を維持しようと思います。しかしそう思えば思うほど、現在の自分の生活を維持することは難しくなるのではないでしょうか。

私が勤務する同志社女子大学は良心教育を根幹に据える大学ですが、良心ほど言葉で教えるのが難しいことはないと思っています。

イギリスに来てから多くの教会を訪れる機会がありましたが、その多くはイギリス国教会です。最上位にはGod、そしてイエスキリストという図式は変わりませんが、その次に女王が据えられているのが、宗教の役割をわかりやすくしていると思います。つまり戦争には正義の戦争と不義の戦争があり、正義のためには爆弾を落としても人の命を奪っても、神に祈るのことによって正当化されてしまいます。きっとこの時、教会の牧師は良心と何かを取引していると思いますが、それは祈りによって正当化されてしまうのです。人の命はある時は最も重要で、神の愛を説きながら戦争に加担してしまう。言葉では良心と言いながら行動に結びつかない。戦争でこれまで明確になっていることは、爆弾で死ぬのも大衆であるし、戦争に真っ先に駆り出されるのも一般大衆であることです。戦争にいい戦争とわるい戦争があるわけでなく、全ての戦争が良心の対極にあることは自明です。そのことに全ての宗教が全力で反対したのを過去を振り返ってお見たことがありません。ここにも良心と何かとの取引があると思います。

良心はどうやって教えるか。それは実際の行動や実践によってでしかできないと思います。しかもそれほど大上段に構えなくても日々の生活の中で良心の感じられる行動を実践することは十分可能だと思います。教育の大切な役割は、良心が大事だと教えることではなくて、「あなたにも良心を実践する能力が備わっている」と自信を与え、そのような場を提供することだと思います。

同志社女子大学の場合であれば、もうすぐ今年も始まる群馬県榛名町・新生会でのワークキャンプであり、手前味噌で恐縮ですが、若ゼミの活動が含まれると思います。

では、良心と取引しないためにはどうしたら良いか、本当はそのようなことを考えるのが、本年度 (2018年度)から小学校で来年度 (2019年度)から中学校で教科化される『道徳』の目的ではないかと思います。

遠くからものごとを眺めるとよくわかることがあるのは本当です。

(2018.7.26)

★今回の教訓:社会は一人一人から、大学も一人一人の学生・教員・職員から成っている。そのひとりひとりの意識や行動が社会や組織のあり方を決定づけるのは当たり前のことかもしれない。
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