オックスフォード通信(110)スコットランド紀行(5)ネス湖

Loch Ness

これが英語での表記です。今回の旅のひとつの目的がネス湖を見ることでした(変わった目的ですね、という声が聞こえてきそう)。

ネッシーという言葉は誰しも聞いたことがあると思いますが、本当に怪獣ネッシーの存在を信じている人はそれほど多くないでしょう。でもこのネス湖  (Loch Ness)はネッシー一色です。

昨晩はネス湖の畔、Drumnadrochit(ドラムドロケット) Hotel に宿泊し(13日の金曜日に13番の部屋でした!)、まず向かったのが湖畔の古城 Urquhart Castle(アーカート城) です。12世紀くらいの築城ですが、その後スコットランドとイングランドの戦いやジャコバイト党の盛り返しにあったりして廃墟となっていたものを復活させたものです。Glenfinnan(通信107参照)もそうでしたが、スコットランドは何世紀にも渡ってイングランドとの戦いと和平、それにヨーロッパの国(フランスなど)が絡んできた歴史であったことが伺われます。でもDrumnadrochitの街を歩いていても第一次世界大戦の戦没者の記念碑があったりします(オックスフォードの各カレッジにも必ず第一次・第二次世界大戦の戦没者の氏名を刻んだ石版画あります)。

戦いはあっても、イギリスやヨーロッパは(ドイツも含めて)世界観が根底から覆されたという記憶がないのではないかと疑ってしまいます。つまり、過去1000年以上、反省や禍根はあっても日本の明治維新(侍の世の中から欧米を追いかける世界に)や太平洋戦争の敗戦(天皇制から国民主権)のようなパラダイムシフトをしていないように思います。

じゃあ、ドイツのナチス敗戦やイタリアのムッソリーニ敗戦は?と問われそうですが、ヨーロッパ全体としての文化性は脈々と繋がっているように思うのです。

本日の午後、再びウイスキーの DistilleryのTomatin(日本の宝酒造が親会社になっているそうだ)の見学ツアーに行ったのですが、案内をしてくれた聡明なKellyさんが(12歳の息子さんが第二言語でゲール語かフランス語を選ぶと言っておられました)進めてくださった、スコットランドの伝統音楽を楽しめるパブに行ったのですが(Hootananny、と言ってもサタデーナイト、特別プログラムで A’Hooligan の演奏でした。スコットランド風のトラディショナル&フォークソングという雰囲気の音楽)、そこに集う恐らくバカンスでインバネスを訪れているヨーロッパ系のお客さんを見ていると何となくそんな風に思いました。ヨーロッパとしての記憶と意識はパラダイムシフトすることなく脈々と受け継がれていると。

お城と音楽ですが、文化を表す格好の指標かもしれません。そこにエールビールやウヰスキーを加えるとヨーロッパが出来上がるのではないかとすら思えてしますのです。産業革命があろうがフランス革命があろうが、人々の生活の中の風習とか伝統は消え去るどころか、一層その色を、特にヨーロッパとしての色を濃くしているようにすら思えます。

さて、ネッシー。

ネッシーランドは流石にパスしましたが、ホテルの横にあった Loch Ness Centre & Exhibition には行ってきました。抑揚を抑えた冷静な展示とこれまでの探索の歴史を丁寧にビデオによって提示する方法に感銘を受けたのですが、「私は見た!」という目撃談のインタビュー音声が電話の受話器を通して聞けるようになっているのが面白かったです。私はイギリス人はネッシーなんて!と冷めている様に思ったのですが、ここドラムドロケットの街に至っては、子供のミニプールから、ホテルの案内板、パブ(昨晩、Inverness Inn というB&Bのレストランでディナーをいただきました。ミネラルウオーターを買った土産物屋のおじさんのおすすめは確かでした)のストロー置きまでネッシー一色でした。

スコットランドの歴史とゲール語に興味が深まった一日となりました。

(2018.7.15)

★今回の教訓:じゃあ、日本の文化の底流を流れているものは何だろうか。外国から見ると遠くは平安時代から現代に至るまで変わらないものがあるはずだ。それにしても観光客(ほぼ白人、恐らく、欧米形)が持っている一眼レフカメラは、本日のアーカート城に限れば見渡す限り100%日本製だ。半分がキャノン、1/4ずつニコンとソニーという比率。いつからこんな日本独占になったのだろう。しかも重たい一眼レフを持っている。キャノンやニコンの名前の入ったストラップを付けて。
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