オックスフォード通信(46)NISSAN Institute

オックスフォードには日本研究の拠点として、NISSAN Institute of Japanese Studiesがあります。

毎週金曜日の夕方、日本に関わるセミナーがあるので昨日を含め2回参加させて頂きました(司会は東大教授も務め現在オックスフォード教授の著名なK先生です。お人柄でしょうが、K先生の誠実さと優しさが司会の端々から感じられます)。セミナーの内容についてはまたの機会に書かせて頂きたいと思いますが、今回は昨日はセミナーの前に行かせて頂いたインスティテュートの図書館についてご報告したいとおもいます。

図書館としてはオックスフォードの中ではかなり小さい印象がありますが、地階にはぎっしり日本の本や辞典が移動式開架に収められていました。カバンは入る前にロッカーに入れないといけないので(本当は取り出していけば良かったのですが)記録のノートも(モレスキンのこのノートもいい働きをしてくれています)置いたまま。

地階で日本語の文庫本をパラパラとみると日本でとは異なる印象が湧き上がってきます。それは地上階で久々に見た印刷版の朝日新聞を読んだときにも感じたことなのですが、日本をまるごと一つのものとして見ることができるということです。日本にいると小さな違いを議論しようとするかもしれません(大切なことです)。しかしイギリスからみると大なり小なり日本的なものは同質なのです。つまり「日本とは・・・」というくくりで日本を論じることが容易な気がします。

大ざっぱになってしまってはいけないのですが地勢が変わると視点が変わるのは面白いことです。朝日新聞国際版も日本のサマリーニュースのように読むことができます。面白いのは国際版でも広告はあるのですね。おそらく海外でも購入できるのでしょうが、サプリや中高年向けの薬のCMが多いように思いました。

5/11版の新聞を見たところ「日本って森友とか加計の問題をまだ解決できないのだな」という諦めのような感覚とアジアは遅れているというステレオタイプ的な印象が入り交じります。明らかにウソをついている官僚や政府高官をさっさと葬り去ってもっとクリエイティブなことに時間とお金を使えばいいのに、ときっとイギリス人なら思うと思うのです。繰り返されるセクハラ発言もそうです。それはしつこく取り上げる新聞に問題があるのではもちろんなく、そのような政治屋(家でもないですね。単なる世襲ですね)を選挙でホイホイと選んでしまう日本人的マインドセットがマズイのだと思います。

ただ私は直感ですが、このようないわばconstipationのような閉塞感はポピュリズムではなくて割と健全な形で10年も経たないうちに解消されると思っています。そのためにはまず「このような状態は健全ではない」「自分達こそがそのような状況を変えるステークホールダー (stake holder)= 利害関係者」であることをを認識すること、そして「楽観的に考える」ことが大切なのだと思います。

ヨーロッパの島国から東洋の島国をみるとそんなことを感じています。

時々、インスティテュートに行って日本の本も読んでみたいと思います。レセプションの日本人女性はとても親切でしたので足も向くと思います。

PS. 昨日のセミナーで再会した(Oxxxxの会というオックスフォード日本人会で一度お目にかかっています)Iさんも今春退官されましたが、オックスフォード・ボードリアンライブラリー分館日本ライブラリーの館長をされておられました。このようなつながりも大切にしたいと思います。(2018.5.12)

★今回の教訓:高校の時に微分積分を学んだが、物事は微分的に(極小的に差に気をつけながら)同時に積分的に(大局的に類似性に注意しながら)考える事が重要だ。そのために物理的に自分の立ち位置、すなわち居場所を変えることは最も容易な方法だろう。旅もまたその類。

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