2013年新島先生墓前礼拝奨励

「志を立てるとき」(高い志)

何事にもはじめてというものがあります。みなさんも大学に入学されてたくさんの初めてを経験されていることと思います。私達教職員も昔そのような初めてを沢山経験しました。私が同志社の教員になったのは今からもう19年前のことになります。昨日英語英文学科のEクラスのみなさんと話をしていて、19年前というのは1994年、すなわちここにいらっしゃる多くの皆さんが生まれた年にあたることに気づいて感慨深く思っていました。

はじめて同志社に来た時、いくつもびっくりすることがありました。大学が同志社でなかったので、もちろん礼拝も新鮮でした。その中でも一番インパクトのあったのは「入社式」です。教員の世界では「辞令交付式」というのですが、封書で頂いた案内文書にそのまま入社式と書いてあったのです。何かの冗談かタイプミスだろうとおもって会場に行きますと、建物の外の看板に大きく同志社入社式と書いてり、たまげました。なぜ入社式というのかというその理由を当時、総長であった松山義則先生が教えて下さいました。同志社というのは字の如く、同じ志をもったものの集まりであると、その集まりを「社」という。その集まりに入るから入「社」式であると。同志社はユニークな大学であるとその時思いました。

しばらくすると職員証をいただきました。みなさんも学生証をもらいましたね。みなさんの呼び名も成長と共に変わっています。幼稚園時代は園児、小学校は児童、中高等学校は生徒、生徒会とか生徒手帳でした。大学になるとみなさんは学生なので、学生証、学生会となります。これは私の職員証なのですが、見えないと思うので、拡大コピーして持ってきましたので見て頂きたいのですが、「社員証」と書いてあります。会社員みたいですが、もうわかりました。同志社の社員なのです。同じ志をもったものの集まりの一員であるという意味です。本当に同志社は特別な大学だと思いました。

同志社は今から138年前にこのお墓に眠っている、新島襄先生、山本覚馬先生、宣教師デービス先生の3名によって作られました。

では、なぜ今私達はこの3名を含め同志社に貢献のあった先生方の墓地に集まっているのでしょうか。私は日本・海外・通信教育を含め、4つの異なる大学を卒業・修了していますが、新入生がこのように創立者のお墓にそろって参拝するというような大学は世界のどこを探してもこの同志社の他にはありません。

その理由は、同志社を作った新島先生の夢を知り、確認するためだと思います。では新島先生の夢とは何でしょうか?入学式で総長の大谷先生は「良心を手腕に発揮することができる若者をつくること」だとおしゃられていますが、私はひと言で言うと「夢」をもった若者を作ることだと思っています。夢を持った若者とはどのような人かというと、何かをしたいという志を持った人だと思います。

みなさんが夢を持った、志を持った若者になること、これこそが新島先生の夢であります。みなさんが夢のある志のある若者になったとき、新島先生の夢は叶うのです。そのために今日私達はこの場にいるわけです。

みなさん、どの時代も実は閉塞感があり困難な時代でした。今だけではありません。私が大学を卒業して就職する際にも就職氷河期といわれ就職は厳しい時代でした。どのような困難な時代でも、状況でも、人間は夢を持つことが出来るのです。

夢のあるところに道は開けます。志のあるところに風は吹きます。

どうぞみなさん高い志を掲げ、その志を理解してくれる友人を沢山つくり、一歩一歩、その夢を実現してゆきましょう。

志を立てる、夢を見つけるのは、いつでしょう?もちろん、「今でしょう!」

どうぞ同志社をつくった三人の先生、八重先生のお墓に手を合わせてお帰り下さい。

(2013年4月5日、京都若王子山頂、新島襄先生墓前にて)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">