幻の2012新島先生墓前礼拝奨励(雨のため午後から中止)

日本に世界にどれだけの数の大学があるかわかりませんが、同志社は特別な大学だと思います。その中でも同志社は際立っています。スペシャルな大学です。何がスペシャルなのか。お話は7分以内といわれていますので、短時間ですが、その理由を一緒に考えてみたいと思います。

▼建物。
確かに同志社の建物は美しいです。私はいくつかの大学で学んだり、教えてきていますが、今出川及び京田辺とも、同志社の建物は最上級に上品で環境との調和が取れています。赤煉瓦調の外観は私達にほっとするような気持ちを与えてくれます。でも同志社は、建物だけじゃないのです。

▼じゃあ、場所か、と思います。
確かに、場所もまた二つのキャンパスとも素晴らしい環境にあります。京都は、古都でありながらロームやオムロン、京セラ、任天堂を産んだ革新性を持っています。歴史を持ちながら未来に開かれている。このような場所はなかなかないと思います。そして歴史に関しては、想像力を働かせるととても面白い。みなさん、少し考えてみてください。弘法大師、平清盛、法然、親鸞、足利義満、はたまた坂本龍馬に新島襄、彼らはすべて教科書に載っている歴史上の人物ですが、この京都では単なる教科書上の人物ではありません。実際に彼らはこの京都の地に暮らしていたのです。京都の町を歩いていたのです。ひょっとするとこの場所にもそれらの人物が来たかもしれません。歴史的人物は単なる書物上の人物ではなくて、ここ京都では彼らはまだ生きています。その意味では京都は単なる観光だけでなく「歴史を変えてきた」場所であり、そのような地に同志社が100年以上もある。これは大きいことです。京都で学ぶというのは、未来と過去に想像力を働かせる、ことを意味します。でも同志社は場所だけでもないのです。


建物だけじゃない。また、場所だけでない、とすると同志社の凄いところは一体なになのでしょう?
それは、入学式から繰り返し繰り返しいろいろな話の中で取り上げられてきた新島襄先生の生き方そのものにあると思います。創立者はどの大学にもいます。しかし同志社の創立者新島襄先生はひと味も二味も変わったユニークさを持っています。命がけなのです。まさに命をかけてこの同志社をつくったのです。丁度みなさんと同じ年の頃、1860年、18才の時に黒船を見て、西欧の進んだ科学文明にショックを受けます。それから4年後の22才の時、1864年に函館から密出国してアメリカ、ボストンにわたります。そして32才、1874年に帰国するまでの10年間、アーモスト大学やアンドーヴァ神学校で学び、翌1875年、33才の時に同志社大学の前身の同志社英学校を、翌1876年に同志社女子大学の前身の同志社女学校を開校することになるわけです。そして46才という若さで亡くなってしまいます。

何が、新島先生を国禁を犯してまで、命をかけてアメリカへ駆り立てたのか?何が、命を削ってまで京都にキリスト教主義の大学を設立しようとしたのか。

それは、先生の夢の実現のためです。先生の夢は「一国の良心というもいうべき人々をつくろう」「そのことによってこの日本という国を発展させよう」というものでした。新島先生は(同志社)大学設立の旨意(しい)の中で「1年単位の計ならお米をつくればよい、10年単位で何かを計画実行しようとすれば木を植えればよい、でも100年単位で何かを計画実行しようとすれば人を育成しなくてはならない」と述べておられます。同志社は新島先生の「良心を持った人物を育成したい」という夢と志が詰まった場所なのです。その意味では同志社で学ぶみなさんは、新島先生の夢そのものなのです。

そしてこの創立者墓参はそのような新島先生の志と夢を認識し、同時に自分自身の夢を再確認する場なのです。みなさんの中には自分の夢が何か分からないという人もたくさんいると思います。それは自然なことです。新島先生もきっと同様であったとと思います。黒船を見てから密出国するまでの4年間は丁度皆さんの年、18才から22才、大学の1回生~4回生に当たります。その4年間に先生もいろいろなことを考え、悶々とした日々をすごされたことと思います。悩むこと、迷うことは自然です。でも、大学生となったからには自分の夢を探そうとする態度は重要であると思います。

夢のある人は夢を実現できるように気持ちを新たにする、自分の夢がはっきりと分からない人は自分の夢とは何だろう、この大学4年間で実現してみたいことは何だろうと考え始める。それでいいと思います。夢を持つこと、又は持とうとすることこそが「志を立てる」ことだと思います。


新島先生は、時代の先駆者、パイオニアです。そして、私達にもそうなるように語りかけておられるように思います。みなさん、聞こえませんか?新島先生の声が。「夢を大切にしろ、自分の直感を信じろ、先駆者になれ」とお墓の中から語りかけてくれているように思えて成りません。私は、同志社で学ぶとは、単に京都という素晴らしい場所で美しい校舎の大学で学ぶだけでなく、同志社の、新島先生のパイオニア精神を理解して、いわば「同志社な人」になろうとすることだと思います。同志社とは目に見える大学そのものではなくて、目には見えない生き方なのです。新島先生の精神が今も息づく美しい学園同志社で、いろいろなことを学びながら、一緒に同志社な人になりませんか。夢を探し、夢を持って一緒にそれぞれの夢を実現させましょう。夢を探し、夢を持ち、悶々としながらも、その夢を実現しようとする。これこそが、同志社なひとだと思います。一緒に同志社な人になりましょう。

(2012.4.5)

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