オックスフォード通信(282/83)Les Miserables

レミゼラブルをロンドン、ビクトリア劇場で観てきました

前々からロンドンでミュージカルを見たいと思っていたのですが、在英期間も残り3ヶ月を切りましたのでWish Listをどんどん実行することにしました。午後7時30分開演ということでしたので、15分位前に到着すると他の劇場にはかなりの人が並んでいましたが、ビクトリア劇場はもう既にお客さんが入館しているのか、それほどの人でもありません。インターネットで予約していましたので、チケット売り場で交換してもらい、荷物検査(バックパックを持っていきましたが、中身のチェックのみでクロークに預けるということはありませんでした)を受けて、いざ、劇場に。バーの入り口かと思ったらもう既にそこは劇場の中でした。

チケットは完売ということで座席は満席(後から分かったことですが、1-3階までありました)。オーケストラの生演奏(オーケストラボックス)でいよいよスタートです。

数年前に確か劇団四季だったと思うのですが、映画に感動して、日本語版のミュージカルを見たことがあるのですが、またそれとは異なる感動とインパクトを受けました。

私は多くの人が恐らく言うであろう「本場ロンドン」のミュージカルはひと味もふた味も違うという印象とは別の印象を受けました。日本でのレミゼラブルも素晴らしかったし本当に感動したのですが、ロンドンは、感動のさせ方にひと味もふた味も工夫を凝らしていると思いました。

それは1995年にニューヨークでミュージカル・キャッツを観たのを思い出したのですが、劇場の作りが、恐らく人数はたくさん入っていても、小さく作っているような印象を与え、「ひとりひとりの観客」がステージにとても近いように工夫されている点です。極端な言い方をすると、観客ひとりひとりとステージが結ばれているような没頭感を与えていたと思います。

それは最初に劇場に入った時に、「え、こんな小さな劇場?」と思ったことにつながると思います。だからこそ、素晴らしいメロディーも歌詞もグッと心に迫ってきます。演劇だけの専門劇場があるという時点で、演劇やミュージカルの成功が半分は保証されているような気がします。

また、ロンドンはパリに近いという地理的な要因も影響していると思いました。日本でフランス革命後の混乱期を感じるよりはイギリスの劇場で見る方が、大英博物館もあるし、ルーブル美術館もユーロスターで2時間少しで(実際には3時間以上かかりますが)行くことができます。荒唐無稽な関係のない話ではなくて、ほんの200年くらい前の世界を描いているので、現在にもつながっているように思います。

そして、英語。もともと、英語で歌詞が書かれたものを英語で歌う方が真実味があります。これを他言語に翻訳した時点で、オブラートにつつんだような、遠望感を生んでしますように思います。英語の歌詞だからこそ直接伝わる内容がレミゼラブルの歌には多いように思います。

またもうひとつ、ハッとしたことがあります。子役から大人に変わる際にコゼット役が黒人女優に変わっていたことです。やるなあ、と思いました。Amaraは聴衆の心をつかむ圧倒的な歌唱力を披露しました。肌の色は関係ないのです。

ビクトル・ユゴーの原作にある、良心、若さ、後悔、慈悲、希望、愛、信仰心はある意味では普遍的なテーマであると思います。もちろん、素晴らしい歌を聞きたい、舞台を見たいという思いはありますが、そこに歌われている内容に共感するからこそ、筋を既に知っていても、何度も観たいというきになるのでしょう。

終演が10時半くらいでしたので(途中休憩が15分くらい)、約3時間の素晴らしい舞台を堪能させて頂きました。

(2019.1.3)

★今回の教訓:ひとりひとりの心をつかむ演劇。それは舞台装置、原作・歌詞・歌、パフォーマンスの三位一体で実現出来るものか。ステージは面白い。

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