私達はわすれない

先週の金曜日、駅で電車を待っていると、一人の若い女性がにニコッと、わらって走り寄ってこられました。今から、5年前、英語英文学科を卒業されたIさんでした。5年の間にIさんは、一層美しく成長されていたので、学生時代の彼女だと一致するのに何秒かかかりましたが、英語の教職課程で熱心に学んでおられた当時のIさんの姿がすぐに思い出されました。

Iさんは現在京都のある有名銀行に勤務しているとのことなのですが、亀岡駅から彼女が降りる二条までの間の25分間、さまざまな話をしてくれました。

5年間の間に、支店を一度転勤になり、現在は西陣支店にいること、最初の2年間は仕事になれるのに大変だったこと、2つのお店では、ずいぶんお客さんの印象が異なり、現在勤務する西陣支店は昔ながらの京都というお客さんが多いこと、5年間の間に、いろいろな部署をまわり冷や汗をかきながらもいい経験を積んでいること、30才を前にしてそろそろ結婚もしたい、そしてもっと経験も積みながらキャリアアップもしたいこと、できればMBAなど大学院にも行ってみたいことなど、喜々として彼女の現在の仕事、将来への展望を語ってくれました。

と、同時に、大学時代の事についても話がおよびました。友人達の話、小学校で教師をしているKさんのこと、大学院を卒業した同じイニシャルのKさんのこと、旅行代理店で働いているTさんのこと、ゴールデンウイークにその一人が結婚すること、また、その式に久々に友人達が集まること、そして大学時代のゼミや授業のこと。

彼女は大学時代、この春、英語英文学科をご退職になった、清水宏先生のもとで、中世ルネッサンスについての研究をしていました。私は、カナダからの在外研究から帰ってきた年でゼミもなく、彼女たちがゼミのみんなでイタリアへ行こう!と、計画をしていたのをうらやましく眺めていました。そのときの彼女達の盛り上がりは大変なもので、一人10万円近くの旅行資金を着々とため、清水先生を含め20名近くのゼミ生がイタリアへ行く寸前まで旅行の具体的な計画を作り上げていました。結果的に旅行は、個々人で行く事となったのですが、その時の顛末をまるで昨日のことのように喜々として話してくれました。当時は2週間でしたが、教育実習についても話はおよび、いつどのような授業をした、ホームルームでこのような話をした、など、緊張しながらもある意味では、教育実習が忘れることのできない大学時代最高の経験だった、とIさんは語っていました。

彼女は最後に、「確かに当時は多少大変とおもったかもしれなかったけれど、自分の好きな勉強を好きなだけできる、こんな楽しいことはなかった、私には大学時代からうすうすわかっていたけれど、この大学時代こそが人生でもっとも楽しい時代だっとおもう」、と言って電車を降りてゆきました。

彼女を見送りながら、Iさんは本当にいい大学時代を過ごしたのだなあ、また、大学時代っていうのは本当にいい時代なのだなとあらためて、思いました。

しかし、いま、この新島記念講堂にいらっしゃるみなさんには、ひょっとしたこのことは実感できないかもしれません。就職活動、教育実習、日々の授業やプレゼンテーションの準備、山のような課題に追われ、中には恋の悩みを抱え、将来についての漠然とした不安を抱いている人も数多くいるでしょう。

しかし、それにもかかわらずこの4年間の大学時代は、学びの集大成の時期であり、人生のスポットライトのあたる最高の時期のひとつであると思います。悩みや苦しみはあるでしょうが、それは明日の未来への準備であり、多く悩んだ人ほど、将来光り輝く人生が待っていると私は信じています。

今日、4月25日は、この同志社にとっては特別な日です。人の死は、年齢に関係なく、悲しいものです。しかし、2年前のJR福知山線の事故でなくなった107名の人達に思いを馳せる時、悲しみはことばでは語ることはできません。特に、多くの若者、特に高校生や大学生が亡くなっています。龍谷大学、京都女子大学、そしてこの同志社においても、
同志社大学文学部英文学科仙木さん、社会学部メディア学科 榊原さん、法学部法律学科 長濱さん、そしてこの同志社女子大学においては音楽学科特別専修生の大森さおりさんが事故でなくなりました。

さきほどのIさんの話にもあるように、大学という、ある意味では人生で最も光り輝く時期に、事故によってその命を絶たれる事の無念さについて、特に同志社という同じ学園で教える、教師として、自分よりも若い人達の死にはいたたまれない思いが致します。また、ご家族のみなさまの悲しみと喪失感については想像もできません。この2週間あまりテレビ新聞で様々な報道がなされていますが、親しい人を無念の事故で亡くす事の悲しみは当事者でなければわからないものであるとおもいます。亡くなった方々ばかりでなく、事故の後遺症に苦しむ人も多いと聞いています。昨日の夜のNHKニュースでも最後に救出された同志社大学4回生の林さんのことが報じられていました。このJR福知山線の事故は2年経った今もまだ終わっていないのだと実感させられるものでした。

わたしはつい、「私達に何ができるのか?」と問いかけたくなります。しかし、それは人それぞれの考え方、感じ方でいいのかもしれません。人によっては、亡くなった人の分まで精一杯生きようと考える人もいるでしょう。人によっては、図書館に立ちよって、これまでの新聞報道を振り返りながら、どうしてこのような事故が起きてしまったのか、もう一度考えようとするひともいるでしょう。人それぞれの考え方があっていいのだ、と思います。

しかし、同じこの同志社に学ぶものとしてしなければならないことがひとつだけあると思います。

それは、今日の奨励題にも掲げさせて頂いたように、107名の亡くなった方々を忘れないということです。この同志社で学びつつこの事故で亡くなった4名の学生のみなさんをわすれない、ということです。あなたをわすれない。亡くなった人達、そしてこの悲劇的な事故をわすれない、そして将来にわたり語り継ぐこと、これはこの同志社で学び教えるものの責務であるとおもいます。林さんも昨日の番組の最後に「私が生きている限り、この事故を風化させない」と絞り出すように決意を語っておられました。

最後に、Tuesdays with Morrieという本から、生と死についてのメタファー的一節を読ませて頂きます。易しい英語で書かれていますので一緒に意味を考えてみてください。

[Tuesdays with Morrie から引用]

亡くなった人達を忘れない限り、その人達の志は生き続けるのだと私は信じています。

(2007年4月25日、京田辺キャンパス新島記念講堂にて、奨励)

完全版は2007年度宗教部ともしびに掲載

朝日新聞京都版にもこの話が部分的に取り上げられました(2007.4.26)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">