オックスフォード通信(129)イギリスにおける移民問題

EC離脱問題の発端にもなったイギリスへの移民問題

昨日のガーディアン紙に移民問題に関する「現場」で実際に起こっている事象についての長文の記事が掲載されていました。

一言で言うと、本当の苦渋を味わっているのは、移民の人達と直接対峙している職業の人々 (frontline workers) である、と。2014年の移民法(The 2014 Immigration Act)によって例えば、医師。イギリスには日本と同様の国民皆保険制度、NHSがありますが、治療に来た移民にその資格に当てはまるかどうか確認をしなければならない、銀行は移民への小切手が落ちないように不当な対応をせざるを得ない、家主も影響を受ける、そして小学校の先生。給食費が無料になるかどうか、移民の状況、すなわち不法移民なのかそれとも認可された移民なのかその状態を6才や7才の子ども達に直接聞かなければならない、と言うのです。

インターフェースということばがあります。異なるものの境界面、何かと直接接している部分という意味です。現場という言葉をこの用語で置き換えてもいいかもしれません。移民との接点、インターフェースの仕事の現場にしわ寄せがいってしまっています。一方で政策を決めている政治家にはそのような具体的な人々の苦渋は見えない。

一方、話は変わりますが、アメリカの電気自動車メーカー、テスラ、その最高経営責任者(CEO)を勤めるのがイーロン・マスク。Peypalなどの企業を立ち上げてきたことでも有名です。現在モデル3と言われる主力の車を製造を目指すも目標の製造台数に追いつかず、陣頭指揮を取るために夜は工場の床の上に寝ていたそうです。「私が床の上で寝るのは、道の反対側にあるホテルに行けないからじゃない。ここで働く誰よりも悪い環境に身を置きたい」と米誌「ブルームバーグ」のインタビューに答えています(クーリエ、ジャポンより)。

同じトップでも、政治や教育制度などのしわ寄せをいつも受けてしまう真面目な人たちのことを、それが彼らの仕事なのさ、と気にもとめないトップダウンの命令を下す人達と、イーロン・マスクは対極にいるように思います。美化されている部分が多いかもしれませんが、彼の言葉には多少の真実があると思います。少なとも「最初から最後まで責任を持とうとしている姿」には心を打つものがあります。

一方で、先日、イギリスのメイ首相の交渉の仕方が妥協しすぎだと言って、外務大臣を務めていたボリス・ジョンソンが辞任しました。彼のような政治家からはEUからの離脱の最後まで見届けようとする責任感と誠実さが見られません。

政策決定することは重要ですが、現場はどうなっているのかと心を寄せようとする気持ち、最後まで見届けようとするトップの姿勢は、小さな違いかもしれませんが、最終的には決定的な違いを生むように思います。役割分担と割り切るのではなくて、面倒でも現場に足を運ぶかどうか、そのことによって問題の本質が見えることがあると思います。インターフェース上で働く人たちはトップのそのような誠実な姿に勇気付けられ、難しい仕事でもやり遂げようとするのでしょう。

現場の苦悩を感じられるか否かがトップの資格ではないかと思うのです。日本の諸問題もトップがそのような姿勢を持つことによってかなりの部分、改善されるように思うのですが。民の気持ちが分かるかどうか。

要は自分さえ良かったら後は野となれ山となれ、という、我良しの偏狭さが問題なのでしょう。自分の偏狭さを自覚している人にはまだ救いはあるのですが。

(2018.8.3)

★今回の教訓:トップの選び方にも問題があるのだろう。正解はないが、ヒントはあふれていると思う。そう言えば、ジンバブエも長期独裁政権から一点、大統領選挙が行われていた。結果はまだ判明しないそうだが。
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