Pay it back or Pay it forward

私がコンピューターと出会ったのは、(もちろんかなり昔から知ってはいたが)そんなに昔のことではない。今からほ んの4年前のことである。以前まで使っていた東芝のルポというワープロとの差も分からないまま、まわりの友人の1人が買ったので何となく欲しくなったとい うのが実状だが、奥様に頭を下げ下げ、なんとか買ってもらった。頭を下げて買ってもらうという姿勢はその後、コンピューターを買う度に繰り広げられる光景 となり、回を重ねるごとに周到な用意が必要となっている。さて、当時初めて32ビットになったというのがうたい文句のNECのノートパソコンを手にしたの だが、今のようなウンドウズであるわけもなく、一太郎が動き出すまで大変な時間と友人の協力を要した。(ここがDOSマシンの悪いところである)。しか し、いったん動き出すとなかなかおもしろいものでその範囲内だけだが、かなり使いこなせるようになった(と思っている。)そうなると、ワープロを使ってい る友人がもどかしく思えるもので、私の悪い癖だが、友人という友人に「NECのパソコンはすばらしい、やっぱりパソコンを買うならNEC」などとNECの 宣伝をして回っていた。その後NECとの甘い蜜月はしばらく、続いたのだが、運の悪いことにというか良いことというべきか、当時私の隣に住んでいた住人が マックを購入し、ハイパーカードを使って学校で使えるようなソフトの開発の研究をしていた。当時のマックは今からは想像できないくらい高価で、・ciとい うマシンを彼は使っていたが100万円を軽く越していた。はじめはそんな彼を大いにバカにしていたのだが、2つ以上のソフトを同時に動かせるという点(今 ではどのマシンでも出来ますが)は驚きだった。そして何よりもソフトのインストールの方法やアイコンによる表示などマックのUser-friendlyな 点には惹かれるものがあった。根っから文科系の私にとっては大きな魅力であった。恋愛と同じでいったん心が動いてしまうと、止められないのが人の情。 NECを買ってちょうど1年半、私はマックに乗り換えようと決意した。そして、入念な計画にはいった。もちろん奥様の説得である。今にして思えば、オウム 真理教と同じ手口だったのかもしれないが、(教祖が「修行するぞ、修行するぞ、….」というビデオがありましたね)、約6カ月間ことあるごとに「マッ クがどうしても必要だ、買ってくれ、買うぞ」といい続けた。洗脳の効果があらわれた、いや相手があきらめたのがちょうど12月のボーナスの時期だった。当 時CD-ROM付きの画期的とうたわれたMac ・vxがちょうど発売になったところだった。それまで、ほんの少しずつバージョンアップしては新製品を出して購買意欲を掻き立てるというNECの姿勢に比 べ、満を持して決定版しかも他に何も買い足さなくてもよいというアップルコンピューターの姿勢を信じていた私はこれだ!と思った(アップルおまえもか!と 叫ぶのはほんの2カ月先だったが)。今にして思うと60万円というのは信じられないくらい高いが、隣の住人からすると倍速CD-ROMがついてその値段は 信じられないといっていた。

さ てその日からマックとの甘い生活が始まった。こんな風に書くとちまたにいる『マックおたく』みたいだが、私がマックをまがいなりにも使いこなせるように なったのはNECの場合同様、いやそれ以上本当に多くの人の無償の指導援助のたまものである。特に隣の住人であったN氏は私の生みの親・育ての親といって よい。コンピューターではちょっとしたことが実は重大なことであったりして、コンピューターが動かなくなったりする。しかもそんな簡単なことはマニュアル に書いてない! 彼にはそのような細々したことを実に頻繁に尋ねた。ある時などは32ビットアドレススイッチをめぐって朝の4時までつきあってもらったこ とがある。しかし驚いたのは彼がイヤな顔ひとつせず嬉々として教えてくれる事だった。もちろん彼自身マックが好きだったこともあると思うが、懐の深さを感 じされられた。

コンピューターをはじめて買った人はたぶん必ずマニュ アルを読むとか市販されているコンピューター関係書を買い込んだりするが、私はそれは大きな間違いだと思っている。時間がコンピューターのためだけにある のなら別であるがそうでない場合がほとんどであるから、はっきりいって時間の浪費に終わることが多い。学習の形態にも様々あるがことコンピューターに関し て言えば、「Problem solving=問題解決型」のアプローチがベストだと信じている。つまり、私はこれをしたい!手順を教えて欲しい。これである。私は絵を描きたい!どの ソフトを買って、どう使ったらよいか?表計算で合計!どうやったら簡単にできるか?教えて欲しい。…. しかし、難点はいい先生を身近に見つけるこ と、そして日本人には特有の負い目である。つまり、すごくお世話になっている、いつも教えてもらって悪いなという気持ち、これはなかなかぬぐい去ることが 出来ない。

私 もそのような負い目をずっと持ち続けてきたが、この大学にきて少し考え方が変わったところがある。相変わらず、今度はパソコン通信の仕方などを多くの先生 や職員の方々に聞き回っていたが、特にS先生、K先生には手とり足とりと言ってていいほど時間をさいてもらって教えてもらった。おかげで私のしたいことは 100%できるようになったが、なんとお礼をいったらいいのだろうと思っていたとき、お二人から(別々に)たまたま同じ言葉をお聞きした。それ は、”Don’t pay back. Pay it forward.”「私に何かお礼をしたり返さなくてもいい(それはもちろん教えていただいた先生より知識があるわけでもないからしようと思ってもできな い)。誰か違う人に今度は教えてあげなさい。」そんな意味だと思う。この言葉に非常に感銘を受けるとともに、あつかましく今までいろんな人にお世話になっ てきた負い目がなくなるような気がした。これはコンピューターに関わっていくとき実に大切な姿勢だと思う。その言葉を耳にしてからは、私の教えられる事に 関しては、求められればどんどん助言させていただこうという気持ちになった。

しかし考えてみればコンピューターという機械を通してそのような人間のつながりが出来てくるは奇妙でもあるが、ホッとする。今後もマックを使いながらパソ コンネットも含め様々な人たちとかかわり合いになれればいいと思っている。そして、願わくば妻を説得し末には新しいパワーマックが購入できることも…

と ころで、この大学に来てLLの操作方法などで本当にお世話になったA氏が今度の人事異動で他の部署に移られると聞いた。仕事とはいえ、それ以上の熱意と誠 実な姿勢で教えていただいたA氏に何もお礼が出来ないのは申し訳ないが、この原稿が彼の依頼であったことを考えるとコンピューターについて書くことが何ら かの形でpay backいやpay it forwardになればと願っている。

(短期大学部講師 わかもと・なつみ)

DOS&DOS 情報システム課 1994に掲載

(1994)

教えられたように教えないむずかしさ

もうすぐ、教育実習の季節(?)がめぐってきます。この同志社女子大学で教職を担当して晴れて今年で5年目になる わけですが、学生のみなさんに模擬授業をしてもらうたびに感じるのが、「自分が教えられたような授業をしない」ことの難しさです。女子大で英語を専攻して いる学生にみなさんに、教職科目で「みなさんはどのような授業を受けてきましたか?」という質問を必ずすることにしています。すると判で押したように「文 法訳読方式の授業」、「受験のための暗記授業」という答えが返ってきます。では、それは自分にとって役に立ちましたか?楽しかったですか?と聞くと、楽し いと答える人は、まあいませんよね。もちろん、文法学習に楽しいところはありますが。….

ここからが、問題なのですが、そのようなみなさんに英語の模擬授業をしてもらうと、つい、いままで批判してきたはずの、あの文法訳読方式になってしまうん ですね。蛙の子はカエルということなんでしょうか。でも、これは教職課程で英語科教授法を教えている私たちの責任なんですけどね。これに代わるような、有 効な教え方を学生のみなさんにわかるように教えていないだけだと、批判の声が聞こえてきそうです。

でも、ここで問題にしたいのは、実は学生のみなさんの模擬授業のことではなくて、実は自分の授業のことなんです。新学期がはじまって、さっそうとさまざま な授業が始まりましたが、実は私は内心、どのようにこれからの授業を変えていったらいいか、いつも考えあぐねています。特に、ゼミです。蛙の子はカエルと いいましたが、あれは実は私のことで、私が「大学で習ったよう」なスタイルでついゼミを進めている自分にハッとします。あのころ、私は、ゼミに対してすご く批判的でした。英文を読んで、それをレポートするだけのゼミ。本文からはなかなか抜け出せない。何のためにこのテキストを読んでいるかすら、時として見 失っている自分。もちろん、自分が悪かったのでしょう。でも、教員になって、ゼミを担当するようになって、同じスタイルでゼミをしている自分に唖然としま した。「教えられたように教えるな!」これは誰に聞いたか忘れましたが、今の自分に言い聞かせたいことばだと思います。
その点、これから抜け出すいい方法に関して、かすかな光が見えたような気がすることがあります。それは、ほかの先生と授業プランについて話すことです。 もちろん、Faculty Development (FD)として大学における授業改革についても盛んに研究議論されていますが、身近にいる同僚と意見交流をすること、これにより新しい授業の姿をまなぶこ とができる可能性が(回りくどいね)あります。先日も、E沢先生、I田先生と談笑していてそんなことをふと思いました。でも、これが、英米語科じゃなく て、他学科の先生だったらもっと根本的に違ったアイディアがあるだろうな、と思います。その意味では、1999年4月16日に立ち上がった「らんがく事始 め」はわたしにとってわくわくするような、企画となりそうだ。

(1999 4.19)

N先生

「卒業式で涙を見せたら教師は一生やめられない」、N先生の言葉は今も鮮明に脳裏に蘇る。先輩でありかつての同僚 でもあったN先生が先日現職校長のまま亡くなった。もっと早く病院に行ってくれていたら、と誰もが思う。責任感が強い先生だっただけに、体の不調を感じつ つも現場を離れがたかったのだろう。N先生らしい。

N先生と同じ中学に勤務していたのはもう15年以上も前のことだ。明るく、渋く、話をさせると誰もが納得した。ダンディで格好いい先生だった。決して威圧 感はないのだが、カリスマ性があった。こんな先生になりたい、と思った。きっと内面の心豊かさと優しさが人の心を惹きつけたのだろう。名字ではなく、皆が ファーストネームで呼んだ。

N先生は生徒の目線に立ち、決して安易な妥協をせず、生徒とじっくりと対話することの重要性を説いた。そして教育は生徒との信頼関係を基礎に成立すること を自らの姿勢でもって若い教師に教えた。当時もう教師なんてやめようと思っていた私にN先生は光明であった。

15日の告別式には多彩な人々がN先生に別れと感謝の言葉を述べるために集まった。NHKのプロジェクトXでは取り上げられることはないだろうが、口丹波 の人々にとってはそれに値する偉大な人物であった。N先生を見送りながら、「教師は死んでもその教えは死なない」、とあらためて思った。それは生徒だけに でなく我々教育に携わる人間についても言えることだ。N先生の教えは、あのさわやかな笑顔と共に忘れられることはないだろう。

(2003年2月25日京都新聞朝刊・声の欄に掲載)

(2003. 2. 25)

Bilingual is beautiful

According to Fortune magazine, Toronto is the world’s most comfortable city to reside in, due to its being clean, safe and inexpensive. This is right, indeed. If I were to add one more word, the friendliness of its people would be appropriate.

Nearly three months have passed since I arrived in Canada, given the privilege of a one-year sabbatical. During that time I have fully appreciated the above advantages. The city is clean and spacious everywhere. Beautiful parks can be spotted around the city. Queen’s Park, only a five-minute walk from our apartment, is my children’s favorite playground and my cherished way to university, with brown and silver squirrels running on the grass, climbing trees or digging holes in the ground to hide nuts.

However, it is cold in winter, and I hate being cold. I definitely prefer summer. I am writing this piece almost at the end of November, using an iMac in the Computer Lab (so many iMacs are available!), and it is cold indeed. I already saw snow in the beginning of October. I could not believe my eyes. The temperature yesterday (November 27th), for example, ranged from minus 14 up to just minus 5 degrees Celsius. Canada uses the metric system (km-Celsius) instead of the imperial system (mile-Fahrenheit), which is also friendly to me. I cannot walk the streets without a warm coat, gloves and a hood covering my whole body except for my eyes. It is warm or rather hot inside the buildings, though. This is good news to me. Underground paths are well organized, connecting one building to others, so I do not have to walk outside so much. However, Canadian friends scare me by saying that this is just the beginning of severe winter and in February it is twice or three times colder than this, which I cannot even imagine.

Turning to friendliness, people are generous, frank and open to everybody. This might be just my impression, but I have observed this benefit everywhere in the subway, university classrooms and shopping malls. (AS an extreme example, there are beggars in the streets, and not a few people give them money or stop to talk with them.) Though I admit my experience in America is limited, Canadian people seem even friendlier than Americans.

There may be of several reasons for this, but if I mention only two, the first one goes to this vast land with few people. I strongly believe in the influence of environment on people’s minds. This sounds simple, but it is true from school classrooms throughout society; the school discipline problem in Japan would be drastically reduced if class size were reduced to fewer than 30 students per class.

Toronto is the biggest city in Canada, having a population of more than 2 million. It is spread out over a large area, and has no mountains. Yonge (pronounced ‘young’) Street, which runs north-south in the city center, is said to be the longest street in the world because there is nothing to block it. Resort areas are handy. On some weekends in September, renting a car, we went north to see colored leaves at Algonquin National Park, which encompasses untouched nature. Driving for one hour, we saw beautiful farms where horses and cows were peacefully eating grass, and in two hours, we saw beautiful woods with colored leaves, lakes and towns spotting the countryside. In three hours, we saw no more houses: just nature. From a Japanese perspective, this is, say, asking for the moon. This spaciousness is advantageous for Canadians, and also common to Americans.

Then, what is the second source shaping the friendliness of Canadians? What makes people in Canada talk to each other so frankly regardless of background? When riding streetcars or buses, it is interesting to find a mingling of various colors of skin. People talk freely in a cacophony of languages: Cantonese, Vietnamese, Greek, Italian, German, Spanish and English. Yes, so many various kinds of people are living in Toronto. However, this alone is no explanation. After all, America has a similar situation: it is the ‘melting pot’ of races. The explanation of Canadian friendliness lies rather in Canadian bilingualism.

In Canada, as is widely known, two official languages–English and French–co-exist. In Jesse Ketchum Public School, where my twins are now enrolled, students start learning French in the fourth grade. Depending on schools and boards of Education, students learn French following one of three patterns: early immersion (starting at 1st grade), late immersion (starting at 3rd grade) and core immersion (starting at kindergarten). In any case, the emphasis is put on fostering communicative competence of learners because they need to communicate in French. Immersion–the world gives an image of dipping someone deeply into something- is a unique system. Students learn school subjects, social studies, for example, in the target language of French, and it is successful.

At OISE (Ontario Institute for Studies of Education of University of Toronto), where I am learning about second language learning and teaching, distinguished faculty members like Dr. Merrill Swain and Dr. Sharon Lapkin have been conducting research on the effects of these immersion programs. According to them, the biggest benefit from these admirable programs is that the majority of Canadian people acquire a functional knowledge of French both in speaking and listening. However, the real benefit of immersion education is that, through practical communicative activities, people realize the difficulties of acquiring another language. Since they know the difficulties of handling languages other than their native language, Canadians seem to be generous to non-English speakers, and patiently try to understand what they mean. I think this leads to empathy for those who are different and may be having difficulties. Acquiring another language gives Canadians generosity and a balanced point of view. This might be a small difference, but it makes a big difference from American people, most of whom speak only their native language, English.

One morning in late September, I was reading the National Post over a cup of cappuccino at the patio of a coffee shop near my apartment. A middle-aged woman stopped by, looking into my newspaper, and whispered to me with great disappointment, “Oh, he has passed away.” I did not understand the significance of her words. “Who?” I asked. It was Mr. Pierre Trudeau, a very popular politician and Prime Minister in 1960s to 80s. Later I found out that he initiated the bilingual policy in Canada, symbolized by immersion. Reading his biography, we can understand how bilingual policy was deeply connected with his belief that the two languages unite different peoples and different parts of the country–Quebec and the rest into one. It also comes along with accepting quite a few immigrants from around the world.

For a long time I have been thinking about the rationale for Japanese to learn English. This is a challenging question. The dilemma is that people feel little necessity of this since communication in their native language is feasible; practical needs are hard to find except for traveling to foreign countries. Attending some classes at OISE/ UT and a conference on second language teaching (French in this case), I have come to realize I was playing only the doubting game. I was trying to find something wrong with the possible answers, which is important as a scientific attitude, but does not bring us anywhere. Now the believing game is needed. We should focus not on the necessities of learning, but on the assets gained by learning: what benefits Japanese people will obtain if they can handle one more language even if there is little practical need. In this sense, Canada has many resources and achievements for making us believe. We have much to learn from the splendid experiment of bilingual education in Canada, even though the situation is different in Japan. This short piece is not sufficient enough to prove this, but I think the bilingual policy and its successful program have surely contributed to the wonderful qualities of Canadian people. People who know more than one language have another world residing in their mind.

Bilingual is beautiful!

published in Halcyon No.44, 2002, March, pp.15-16

(2001.11.8)