オックスフォード通信(228)i-Seminar Winter Overnight Special(インターネット関連編)

冬合宿に同志社びわこリトリートセンターに来ています

この時期の合宿は若本ゼミの伝統行事で3期生からスタートしていますので、今年で実に16回目となります。さて、もちろん生身では参加できませんので、インターネットの接続状況が一番の気がかりでした。

この18期生は春合宿(本年3月)に一度来ていてWifi接続状況がよくなかったことをTAをしてくれているKさんが私にリマンインドしてくれました。そこで有線LANケーブル接続を考えたのですがMacBookの問題点はUSB-Cの口が一本しかないことです。有線と充電、最低2本のジャックが必要となります。そこで購入を検討したのがUSB-C用のアダプタです。

最終的にはSatechi V2 マルチ USB ハブ Type-C パススルー(充電 4K HDMI出力 カードリーダー USB3.0ポートx3)というものでした。これに更にミニジャック用(Type c 変換 アダプター ジャック 変換 ケーブル 2 in 1 イヤホン 充電 アダプター タイプC 3.5mm ヘッドホン 変換 ケーブル 通話対応 音楽聞きながら充電 (シルバー))を購入し、Bluetooth対応のBOSEスピーカー(研究室配備済)がつながらない際に有線で出力できるよう万全の体制で臨みました。

結果として有線LANはマックではつながらない(リトリートセンターの問題)、スピーカーへの優先接続はそもそもミニジャック用のアダプタがUSB-Cアダプタに上手く接続できないということで今回購入した2点はほとんど出番がありませんでした。

ただ、Wifi接続は素晴らしく向上していて大学で接続するよりも安定していました。2日間、約9時間のセッションで止まったのは2-3回のみという優れものでした。音声は無事、Bluetoothから出力できたのですが、Facetime-Bluetooth接続の問題点も出て来ました。それはBluetoothスピーカーから音声を出力する際、大学の教室で行っているApple TVと比較して1秒程度のずれが生じることです。すると、私が話す(この時はオックスフォード側Macのスピーカーは自動的にOFF)→リトリートセンター・・・ズレ・・・1-2秒経って私が話をしたことがBluetoothスピーカーから流れる、すると毎回ではないのですが、この自分の声がリトリートセンター側で話をしたこととしてリトリートセンター→オックスフォードへ送信されるという状況が生まれてしまいました。

手短にいうと、自分で話したことを聞きながら次の話をする、自分が話をしたことを1-2秒後に聞きながら話し続けるという奇妙な状況がうまれてしまうということです。これはとても話しにくい。特に、英語で話をしていると、自分の話した英語をつい、聞いてしまうので話し続けられなくなってしまいます。この奇妙な状況はまた別の目的で利用することもできると思うのですが、究極の選択として、自分が話をしている時にはスピーカの音量をゼロにするようにしていました。

こうすると話し続けることはできるのですが、聞いている人の反応が全く判断できずこれもまた話しづらい事実を認識しました。

とはいえ、最初はインターネットで参加することすら駄目だろうと思っていましたので大成功といっていいと思います。
こうやって合宿ですらインターネットで参加できる時代になったのだと、先日のCerf さんの講演を思い出していました。

(2018.11.10)

★今回の教訓:コミュニケーションしている際には自分の話した声を0.000X秒くらいのズレ(骨伝導)で聞きながら話をしているが、インターネットを介すると時にその誤差が大きくなりコミュニケーションできにくくなる。f:id:wakazemi:20181114011956j:image

オックスフォード通信(210)iSeminar 20回目

本日のゼミは卒業アルバム用ゼミ写真撮影でした

毎年のことですが、全員そろって写真を撮ることが最大の目標。次が撮影場所の工夫。卒アル委員のNさんとMさんが粘り強く学生支援課と交渉を重ねてくれたおかげで、通常立ち入り禁止の楽真館ラーニングコモンズ屋上での撮影をすることができました。越ケ谷さんも立ち会いありがとうございました。

長年、アルバム写真を撮って頂いている長浜スタジオさんとインターネットでお久しぶりの挨拶をさせて頂いてから、ラーニングコモンズ教室内での撮影。ゼミメンバーの配慮が行き届いていて、私もインターネット経由で教室内集合写真に参加させて頂きました。

イギリスに行くことになってからこのゼミ写真が気がかりの種でまさか参加できるとは思っていなかったのでインターネットの威力をあらためて認識したよりも、私も入れてあげようといろいろと苦心してくれたゼミメンバーの温かい気持ちに感動しました。おかげさまでこれまでのゼミで撮ったことのないようなユニークなゼミ写真を撮ることができました。

屋上にも携帯経由で連れて行って頂き、ゼミの集合写真風景をLINEビデオ経由で中継して頂きました(最初は教室の荷物番をしていたのですが=大魔神のように(知らないか)教室の大スクリーンに私の顔を中継して誰も入ってこないようにしていただけ)。

久々にみる京都の北山は綺麗でした。大文字山、比叡山もくっきり。いい天気で小道具の風船も効いていて最高のゼミ写真撮影となりました。その素晴らしい背景にゼミメンバーの最高の笑顔が映えました。みんないい顔をしていました。

秋はこれから本番ですね。スポフェス、SP、冬合宿、EVE、そして卒論の完成・提出が待っています。この笑顔でゼミを世界一に押し上げていきたいです。

Never miss an opportunity to be fabulous!

PS. 本日よりワカモトナツミHPから「若ゼミインスタ」「若ゼミFAQ」のリンクをオープンしました。来年度若ゼミに興味のあるひともそうでない人も是非ご覧下さい。

(2018.10.23)

★今回の教訓:写真はいい。と再認識した一日。卒論のフィードバックをコマ目に、一方チャプター毎にフィードバック方法を変化させることが必要。
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オックスフォード通信(123)OUP

オックスフォードにはかの有名なOxford University Press (OUP) があります。

本社は昔、現在のボードリアン図書館の前にあったそうですが、現在は Jericho と言われる大学の東側に移っています。まあ、そこは本社という事なのですが、その直営店(=書店)がオックスフォードのハイストリート(イギリスのどの街にもある通りで、通常メインストリートになっている。オックスフォードの場合にはコーンマーケットストリートの方が賑わっている)にあります。

日本なら即日(大学の研究室のある京都市内なら)や翌日(自宅のある亀岡市内)に配達ということもありアマゾンで注文する事が多いのですが、イギリスのAmazon(こちらでもプライム会員になっています)は翌日配達が稀でほぼ2-3日以内の配達という状況です。すると急に、アマゾンで注文する魅力が失せる感じもあり、今住んでいるフラット(Summer Townです)からCirty Centre(イギリスではダウンタウンよりもこちらの言い方)まで自転車で(!)10分程度なので、本が欲しくなったら買いに出かけるようにしています。

もちろん四条河原町や四条烏丸まで出かけると丸善やジュンク堂があるのですが、同じ大学街でも徐々に本屋さんが無くなっている京都はとは少し状況が違うように思います。ただ、オックスフォードでも以前はもっと本屋が多かったという声も聞きますし、私がこちらに来てからでもサマータウンの唯一の30年以上続いた本屋さんが閉店しましたので、実は本屋さんへの逆風は日本もイギリスも同じなのかもしれません。

オックスフォードの中心部にある本屋さんとしては、ギネスブックに世界最大の本屋さんとして登録されているブラックウエル(Blackwell’s Bookshop)とウオーターストーン (Waterstones)が代表格です。

しかし、語学や応用言語学の多くの専門書を出版している OUP の本が欲しくなったら直営店に行けるという贅沢さがオックスフォードにはあります。

実は、図書館で本を閲覧・借り出ししたり、PDFで論文を読む事が多かったのでそれほど多くの本をこちらでは購入していないのですが、先日 Waterstones で購入した英語の文法の本が面白かったので、その類書をOUPの直営店に探しに行ってみました。

さすが。欲しいなあ、と思っていたOUPの本は全てあって、ついでにその横に置いてあった David Crystal の本まで購入する事ができました。このあたりが、アマゾンとの違いですね。その本を実際に手に取り、またその周りに置いてある本も手に取ってみたり(更にその近くにおいてあったOUPのペンとかトートバッグなどの誘惑に負けそうになりました)、また同じ書棚を見ている他の客が手に取っている本も参考にすることができます。そこから得られるインスピレーションはすごいとはいいませんが、いい刺激になります。

綾部市という京都北部の小さな街に生まれ育ち、小学5年生くらいの頃に近くにお住まいだった日野先生に英語の手ほどきをしていただいてからどれほどの年月が経ったか分かりませんが(実は分かります)、世界最高峰のオックスフォード・ユニバーシティ・プレスで本を買うことができたことに変な感慨と感動を覚えていました。小さな夢が叶ったように思います。まあ、本を買うなら誰でもできることなんでしょうが。

ところで、昨日はほぼ10年前に同志社大学での授業の受講生だったTさんが会いに来てくださいました(オックスフォードのパブでお会いしました)。また本日は数年前の京都大学での授業の受講生だったDさんからこのブログを見つけてメールを送ってくださいました。このように授業が終わった後も覚えて連絡をしてくださることに感謝の気持ちで一杯です。教師を志望する人に、教員のいい所は授業が終わった後にもその人間関係が持続することがあること、と言っていますが、まさにその通りのことを実感しています。

幸せな気持ちにつつまれた土曜日になりました。

(2018.7.28)

★今回の教訓:本を購入するだけでなく、いつかOUPから自著を出版することを次の夢に。
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オックスフォード通信(121)良心とxxx

From a distance

遠望すると普段見えないものも見えることがあります。私の好きな歌に、この From a distance があります。もう四半世紀(=25年)前になるのがビックリですが、公立中学校の英語教員をしている時も3年生の授業では必ずこの歌を取り上げていました。

湾岸戦争の際(1990-91)Bette Midler のカバーが有名になりましたが、もともとは Julie Gold の歌です。その頃、NHKラジオ英会話を視聴していて講師の大杉正明先生の名調子で紹介されたのがこの曲を知ったきっかけです(先生とは、大学の教員になってFEAT3の学会で親しくお話をさせていただく機会があり感激したのを覚えています)。

From a distance, the world looks blue and green
And the snow capped mountains white
From a distance, the ocean meets the stream
And the eagle takes to flight …

と続きます。イギリスは宇宙ではありませんが、日本を傍観したり、イギリスと日本を比較することによって Julie Gold が歌った効果があります。

会議を重ねても良い結論に至らないことが日本ではよくあります。3つのパターンがあって、A) トップダウン式の会議で何を言っても結論は最初から決まっているので「あきらめて」何も言わない(このパターンが一番多い)、B) 意思決定者(CEO、社長など)に歯向かうと報復(特に、人事などで)を受けるので、意見を言わない、反対しない、C) 正論の提案に対して、しんどいことが嫌なので理由をこね回してその正論が通らないように筋の通らない意見を述べる(現状を改革しようとする会議によく見られる=だからトップダウンでないといけないのだという短絡的結論を生んでしまう)。

パターンは違え、共通しているのは、自分の中にある「本当は … なんだけど」という良心のささやきと何かを取引していることです。パターンAの場合は、良心と平穏な生活を、Bの場合には、良心と保身を、Cの場合には良心と自分さえよければ後は知らないというわがまま(自己中心性「わが亡きあとに洪水はきたれ」)と交換しているのです。

よく、なぜ太平洋戦争を防げなかったのか、なぜナチスドイツのような独裁を生んでしまったのかという疑問が呈せられることがあります。私も何十年とその疑問をモヤモヤと考えてきましたが、最近ハタと疑問が氷解したように思います。

それは政治制度や社会・経済状況というrマクロの問題もありますが、最も大きな問題は個人のレベルで良心を押し殺す作業が日常的に行われている所です。この押しつぶされた良心の束と交換されたものが戦争や絶対主義を招く原因ではないでしょうか。

誰しも自分が可愛く、平穏で少なくとも現状を維持しようと思います。しかしそう思えば思うほど、現在の自分の生活を維持することは難しくなるのではないでしょうか。

私が勤務する同志社女子大学は良心教育を根幹に据える大学ですが、良心ほど言葉で教えるのが難しいことはないと思っています。

イギリスに来てから多くの教会を訪れる機会がありましたが、その多くはイギリス国教会です。最上位にはGod、そしてイエスキリストという図式は変わりませんが、その次に女王が据えられているのが、宗教の役割をわかりやすくしていると思います。つまり戦争には正義の戦争と不義の戦争があり、正義のためには爆弾を落としても人の命を奪っても、神に祈るのことによって正当化されてしまいます。きっとこの時、教会の牧師は良心と何かを取引していると思いますが、それは祈りによって正当化されてしまうのです。人の命はある時は最も重要で、神の愛を説きながら戦争に加担してしまう。言葉では良心と言いながら行動に結びつかない。戦争でこれまで明確になっていることは、爆弾で死ぬのも大衆であるし、戦争に真っ先に駆り出されるのも一般大衆であることです。戦争にいい戦争とわるい戦争があるわけでなく、全ての戦争が良心の対極にあることは自明です。そのことに全ての宗教が全力で反対したのを過去を振り返ってお見たことがありません。ここにも良心と何かとの取引があると思います。

良心はどうやって教えるか。それは実際の行動や実践によってでしかできないと思います。しかもそれほど大上段に構えなくても日々の生活の中で良心の感じられる行動を実践することは十分可能だと思います。教育の大切な役割は、良心が大事だと教えることではなくて、「あなたにも良心を実践する能力が備わっている」と自信を与え、そのような場を提供することだと思います。

同志社女子大学の場合であれば、もうすぐ今年も始まる群馬県榛名町・新生会でのワークキャンプであり、手前味噌で恐縮ですが、若ゼミの活動が含まれると思います。

では、良心と取引しないためにはどうしたら良いか、本当はそのようなことを考えるのが、本年度 (2018年度)から小学校で来年度 (2019年度)から中学校で教科化される『道徳』の目的ではないかと思います。

遠くからものごとを眺めるとよくわかることがあるのは本当です。

(2018.7.26)

★今回の教訓:社会は一人一人から、大学も一人一人の学生・教員・職員から成っている。そのひとりひとりの意識や行動が社会や組織のあり方を決定づけるのは当たり前のことかもしれない。
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オックスフォード通信(88)ご近所さん

同じフラットに住んでいる方のお家にお招きいただきました。

出かけるときにばったり出会い、挨拶をしている中で一度一緒にご飯でも、という話になり昨日ご自宅にお招きいただきました。同じフラットで部屋の作りは同じなのですが住んでいる人が違うとこうも違うかというくらい違いますね。だいたい靴のまま。ライトも間接照明が多く、暗くしてあります(我が家は白熱球ですが煌々と照らしています)。

AさんとJさんのカップルはフランス人同士です。Aさんはフランスでもバスク地方に近いところ、Jさんは母方がイタリアのベネチアの少し北のご出身。フルのフランス料理でおもてなしをいただきました。7時ごろから気がついたら12時くらい(夜の)になっていました。最初の1時間はappertizer という感じでJさんが焼いたクッキーにフランスワイン。その後、チキン料理で今後は赤ワイン。食後はデザートをいただきながら、ガーベラのお茶を。そろそろ遅いので帰ろうかと言っていたらとっておきのコニャックを出してくださいました。

Aさんは3年の予定でオックスフォードに赴任されたビジネスマン。ブラジルにも親戚がいらっしゃると。お二人と話をしていると、彼らにとっては世界は一つで狭いものなんだな、と思います。まずヨーロッパは一つで自由に行き来できるものという認識。その他南米や北米も同様。唯一、アジア、特に日本だけが依然として神秘の国に映っているようです。

お互いに母語とは異なる英語で話をするのも楽しい状況でした。グローバルリンガフランカとはこういうことなんでしょうね。この時の文化は動機としての文化ではなくて、コミュニケーションの中身、すなわち「話の中心としての文化」になるのだと思います。いかにヨーロッパの飛行機がいい加減ですぐにキャンセルしたり遅れたりするか、とか街の清潔さとか気づくと、文化的な話が中心になっています。もちろん、食事をしながらなので「日本やフランスの食べ物」は話のメインディッシュという感じです。

NESではない人と英語でこれだけじっくりと話をしたのは久しぶりです。互いの話を真摯に聞こうとする姿勢が互いにあって5時間くらいがあっという間のことでした。NESとの話と大きく異なるのは「互いが同等の立場」にいて「どちらの話も同様に重要だ」ということです。日本で英語を学んでいる環境ではどうしてもNESのいう事の方が正しい(同じことは日本政府とアメリカ政府にも言えるかもしれません)という無意識の心の動きがあるのかもしれません。

どちらが正しいわけでもなく、互いから学ぶこと(刺激を受けることがある)事が重要なのだと思います。そろそろ一方的に言葉を学ぶことをやめにした方がいいのかもしれません。

(2018.6.23)

★今回の教訓:フランスの文化は面白い。特に料理はさすが。話の中で、駅やバス乗り場で列に並ぶ事がないという話を聞いて関西によく似ているなと思った。面白いとまた話をしたいと思う。この繰り返しを日本の中で作ることはできないだろうか。
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Pay it back or Pay it forward

私がコンピューターと出会ったのは、(もちろんかなり昔から知ってはいたが)そんなに昔のことではない。今からほ んの4年前のことである。以前まで使っていた東芝のルポというワープロとの差も分からないまま、まわりの友人の1人が買ったので何となく欲しくなったとい うのが実状だが、奥様に頭を下げ下げ、なんとか買ってもらった。頭を下げて買ってもらうという姿勢はその後、コンピューターを買う度に繰り広げられる光景 となり、回を重ねるごとに周到な用意が必要となっている。さて、当時初めて32ビットになったというのがうたい文句のNECのノートパソコンを手にしたの だが、今のようなウンドウズであるわけもなく、一太郎が動き出すまで大変な時間と友人の協力を要した。(ここがDOSマシンの悪いところである)。しか し、いったん動き出すとなかなかおもしろいものでその範囲内だけだが、かなり使いこなせるようになった(と思っている。)そうなると、ワープロを使ってい る友人がもどかしく思えるもので、私の悪い癖だが、友人という友人に「NECのパソコンはすばらしい、やっぱりパソコンを買うならNEC」などとNECの 宣伝をして回っていた。その後NECとの甘い蜜月はしばらく、続いたのだが、運の悪いことにというか良いことというべきか、当時私の隣に住んでいた住人が マックを購入し、ハイパーカードを使って学校で使えるようなソフトの開発の研究をしていた。当時のマックは今からは想像できないくらい高価で、・ciとい うマシンを彼は使っていたが100万円を軽く越していた。はじめはそんな彼を大いにバカにしていたのだが、2つ以上のソフトを同時に動かせるという点(今 ではどのマシンでも出来ますが)は驚きだった。そして何よりもソフトのインストールの方法やアイコンによる表示などマックのUser-friendlyな 点には惹かれるものがあった。根っから文科系の私にとっては大きな魅力であった。恋愛と同じでいったん心が動いてしまうと、止められないのが人の情。 NECを買ってちょうど1年半、私はマックに乗り換えようと決意した。そして、入念な計画にはいった。もちろん奥様の説得である。今にして思えば、オウム 真理教と同じ手口だったのかもしれないが、(教祖が「修行するぞ、修行するぞ、….」というビデオがありましたね)、約6カ月間ことあるごとに「マッ クがどうしても必要だ、買ってくれ、買うぞ」といい続けた。洗脳の効果があらわれた、いや相手があきらめたのがちょうど12月のボーナスの時期だった。当 時CD-ROM付きの画期的とうたわれたMac ・vxがちょうど発売になったところだった。それまで、ほんの少しずつバージョンアップしては新製品を出して購買意欲を掻き立てるというNECの姿勢に比 べ、満を持して決定版しかも他に何も買い足さなくてもよいというアップルコンピューターの姿勢を信じていた私はこれだ!と思った(アップルおまえもか!と 叫ぶのはほんの2カ月先だったが)。今にして思うと60万円というのは信じられないくらい高いが、隣の住人からすると倍速CD-ROMがついてその値段は 信じられないといっていた。

さ てその日からマックとの甘い生活が始まった。こんな風に書くとちまたにいる『マックおたく』みたいだが、私がマックをまがいなりにも使いこなせるように なったのはNECの場合同様、いやそれ以上本当に多くの人の無償の指導援助のたまものである。特に隣の住人であったN氏は私の生みの親・育ての親といって よい。コンピューターではちょっとしたことが実は重大なことであったりして、コンピューターが動かなくなったりする。しかもそんな簡単なことはマニュアル に書いてない! 彼にはそのような細々したことを実に頻繁に尋ねた。ある時などは32ビットアドレススイッチをめぐって朝の4時までつきあってもらったこ とがある。しかし驚いたのは彼がイヤな顔ひとつせず嬉々として教えてくれる事だった。もちろん彼自身マックが好きだったこともあると思うが、懐の深さを感 じされられた。

コンピューターをはじめて買った人はたぶん必ずマニュ アルを読むとか市販されているコンピューター関係書を買い込んだりするが、私はそれは大きな間違いだと思っている。時間がコンピューターのためだけにある のなら別であるがそうでない場合がほとんどであるから、はっきりいって時間の浪費に終わることが多い。学習の形態にも様々あるがことコンピューターに関し て言えば、「Problem solving=問題解決型」のアプローチがベストだと信じている。つまり、私はこれをしたい!手順を教えて欲しい。これである。私は絵を描きたい!どの ソフトを買って、どう使ったらよいか?表計算で合計!どうやったら簡単にできるか?教えて欲しい。…. しかし、難点はいい先生を身近に見つけるこ と、そして日本人には特有の負い目である。つまり、すごくお世話になっている、いつも教えてもらって悪いなという気持ち、これはなかなかぬぐい去ることが 出来ない。

私 もそのような負い目をずっと持ち続けてきたが、この大学にきて少し考え方が変わったところがある。相変わらず、今度はパソコン通信の仕方などを多くの先生 や職員の方々に聞き回っていたが、特にS先生、K先生には手とり足とりと言ってていいほど時間をさいてもらって教えてもらった。おかげで私のしたいことは 100%できるようになったが、なんとお礼をいったらいいのだろうと思っていたとき、お二人から(別々に)たまたま同じ言葉をお聞きした。それ は、”Don’t pay back. Pay it forward.”「私に何かお礼をしたり返さなくてもいい(それはもちろん教えていただいた先生より知識があるわけでもないからしようと思ってもできな い)。誰か違う人に今度は教えてあげなさい。」そんな意味だと思う。この言葉に非常に感銘を受けるとともに、あつかましく今までいろんな人にお世話になっ てきた負い目がなくなるような気がした。これはコンピューターに関わっていくとき実に大切な姿勢だと思う。その言葉を耳にしてからは、私の教えられる事に 関しては、求められればどんどん助言させていただこうという気持ちになった。

しかし考えてみればコンピューターという機械を通してそのような人間のつながりが出来てくるは奇妙でもあるが、ホッとする。今後もマックを使いながらパソ コンネットも含め様々な人たちとかかわり合いになれればいいと思っている。そして、願わくば妻を説得し末には新しいパワーマックが購入できることも…

と ころで、この大学に来てLLの操作方法などで本当にお世話になったA氏が今度の人事異動で他の部署に移られると聞いた。仕事とはいえ、それ以上の熱意と誠 実な姿勢で教えていただいたA氏に何もお礼が出来ないのは申し訳ないが、この原稿が彼の依頼であったことを考えるとコンピューターについて書くことが何ら かの形でpay backいやpay it forwardになればと願っている。

(短期大学部講師 わかもと・なつみ)

DOS&DOS 情報システム課 1994に掲載

(1994)

教えられたように教えないむずかしさ

もうすぐ、教育実習の季節(?)がめぐってきます。この同志社女子大学で教職を担当して晴れて今年で5年目になる わけですが、学生のみなさんに模擬授業をしてもらうたびに感じるのが、「自分が教えられたような授業をしない」ことの難しさです。女子大で英語を専攻して いる学生にみなさんに、教職科目で「みなさんはどのような授業を受けてきましたか?」という質問を必ずすることにしています。すると判で押したように「文 法訳読方式の授業」、「受験のための暗記授業」という答えが返ってきます。では、それは自分にとって役に立ちましたか?楽しかったですか?と聞くと、楽し いと答える人は、まあいませんよね。もちろん、文法学習に楽しいところはありますが。….

ここからが、問題なのですが、そのようなみなさんに英語の模擬授業をしてもらうと、つい、いままで批判してきたはずの、あの文法訳読方式になってしまうん ですね。蛙の子はカエルということなんでしょうか。でも、これは教職課程で英語科教授法を教えている私たちの責任なんですけどね。これに代わるような、有 効な教え方を学生のみなさんにわかるように教えていないだけだと、批判の声が聞こえてきそうです。

でも、ここで問題にしたいのは、実は学生のみなさんの模擬授業のことではなくて、実は自分の授業のことなんです。新学期がはじまって、さっそうとさまざま な授業が始まりましたが、実は私は内心、どのようにこれからの授業を変えていったらいいか、いつも考えあぐねています。特に、ゼミです。蛙の子はカエルと いいましたが、あれは実は私のことで、私が「大学で習ったよう」なスタイルでついゼミを進めている自分にハッとします。あのころ、私は、ゼミに対してすご く批判的でした。英文を読んで、それをレポートするだけのゼミ。本文からはなかなか抜け出せない。何のためにこのテキストを読んでいるかすら、時として見 失っている自分。もちろん、自分が悪かったのでしょう。でも、教員になって、ゼミを担当するようになって、同じスタイルでゼミをしている自分に唖然としま した。「教えられたように教えるな!」これは誰に聞いたか忘れましたが、今の自分に言い聞かせたいことばだと思います。
その点、これから抜け出すいい方法に関して、かすかな光が見えたような気がすることがあります。それは、ほかの先生と授業プランについて話すことです。 もちろん、Faculty Development (FD)として大学における授業改革についても盛んに研究議論されていますが、身近にいる同僚と意見交流をすること、これにより新しい授業の姿をまなぶこ とができる可能性が(回りくどいね)あります。先日も、E沢先生、I田先生と談笑していてそんなことをふと思いました。でも、これが、英米語科じゃなく て、他学科の先生だったらもっと根本的に違ったアイディアがあるだろうな、と思います。その意味では、1999年4月16日に立ち上がった「らんがく事始 め」はわたしにとってわくわくするような、企画となりそうだ。

(1999 4.19)

N先生

「卒業式で涙を見せたら教師は一生やめられない」、N先生の言葉は今も鮮明に脳裏に蘇る。先輩でありかつての同僚 でもあったN先生が先日現職校長のまま亡くなった。もっと早く病院に行ってくれていたら、と誰もが思う。責任感が強い先生だっただけに、体の不調を感じつ つも現場を離れがたかったのだろう。N先生らしい。

N先生と同じ中学に勤務していたのはもう15年以上も前のことだ。明るく、渋く、話をさせると誰もが納得した。ダンディで格好いい先生だった。決して威圧 感はないのだが、カリスマ性があった。こんな先生になりたい、と思った。きっと内面の心豊かさと優しさが人の心を惹きつけたのだろう。名字ではなく、皆が ファーストネームで呼んだ。

N先生は生徒の目線に立ち、決して安易な妥協をせず、生徒とじっくりと対話することの重要性を説いた。そして教育は生徒との信頼関係を基礎に成立すること を自らの姿勢でもって若い教師に教えた。当時もう教師なんてやめようと思っていた私にN先生は光明であった。

15日の告別式には多彩な人々がN先生に別れと感謝の言葉を述べるために集まった。NHKのプロジェクトXでは取り上げられることはないだろうが、口丹波 の人々にとってはそれに値する偉大な人物であった。N先生を見送りながら、「教師は死んでもその教えは死なない」、とあらためて思った。それは生徒だけに でなく我々教育に携わる人間についても言えることだ。N先生の教えは、あのさわやかな笑顔と共に忘れられることはないだろう。

(2003年2月25日京都新聞朝刊・声の欄に掲載)

(2003. 2. 25)

Bilingual is beautiful

According to Fortune magazine, Toronto is the world’s most comfortable city to reside in, due to its being clean, safe and inexpensive. This is right, indeed. If I were to add one more word, the friendliness of its people would be appropriate.

Nearly three months have passed since I arrived in Canada, given the privilege of a one-year sabbatical. During that time I have fully appreciated the above advantages. The city is clean and spacious everywhere. Beautiful parks can be spotted around the city. Queen’s Park, only a five-minute walk from our apartment, is my children’s favorite playground and my cherished way to university, with brown and silver squirrels running on the grass, climbing trees or digging holes in the ground to hide nuts.

However, it is cold in winter, and I hate being cold. I definitely prefer summer. I am writing this piece almost at the end of November, using an iMac in the Computer Lab (so many iMacs are available!), and it is cold indeed. I already saw snow in the beginning of October. I could not believe my eyes. The temperature yesterday (November 27th), for example, ranged from minus 14 up to just minus 5 degrees Celsius. Canada uses the metric system (km-Celsius) instead of the imperial system (mile-Fahrenheit), which is also friendly to me. I cannot walk the streets without a warm coat, gloves and a hood covering my whole body except for my eyes. It is warm or rather hot inside the buildings, though. This is good news to me. Underground paths are well organized, connecting one building to others, so I do not have to walk outside so much. However, Canadian friends scare me by saying that this is just the beginning of severe winter and in February it is twice or three times colder than this, which I cannot even imagine.

Turning to friendliness, people are generous, frank and open to everybody. This might be just my impression, but I have observed this benefit everywhere in the subway, university classrooms and shopping malls. (AS an extreme example, there are beggars in the streets, and not a few people give them money or stop to talk with them.) Though I admit my experience in America is limited, Canadian people seem even friendlier than Americans.

There may be of several reasons for this, but if I mention only two, the first one goes to this vast land with few people. I strongly believe in the influence of environment on people’s minds. This sounds simple, but it is true from school classrooms throughout society; the school discipline problem in Japan would be drastically reduced if class size were reduced to fewer than 30 students per class.

Toronto is the biggest city in Canada, having a population of more than 2 million. It is spread out over a large area, and has no mountains. Yonge (pronounced ‘young’) Street, which runs north-south in the city center, is said to be the longest street in the world because there is nothing to block it. Resort areas are handy. On some weekends in September, renting a car, we went north to see colored leaves at Algonquin National Park, which encompasses untouched nature. Driving for one hour, we saw beautiful farms where horses and cows were peacefully eating grass, and in two hours, we saw beautiful woods with colored leaves, lakes and towns spotting the countryside. In three hours, we saw no more houses: just nature. From a Japanese perspective, this is, say, asking for the moon. This spaciousness is advantageous for Canadians, and also common to Americans.

Then, what is the second source shaping the friendliness of Canadians? What makes people in Canada talk to each other so frankly regardless of background? When riding streetcars or buses, it is interesting to find a mingling of various colors of skin. People talk freely in a cacophony of languages: Cantonese, Vietnamese, Greek, Italian, German, Spanish and English. Yes, so many various kinds of people are living in Toronto. However, this alone is no explanation. After all, America has a similar situation: it is the ‘melting pot’ of races. The explanation of Canadian friendliness lies rather in Canadian bilingualism.

In Canada, as is widely known, two official languages–English and French–co-exist. In Jesse Ketchum Public School, where my twins are now enrolled, students start learning French in the fourth grade. Depending on schools and boards of Education, students learn French following one of three patterns: early immersion (starting at 1st grade), late immersion (starting at 3rd grade) and core immersion (starting at kindergarten). In any case, the emphasis is put on fostering communicative competence of learners because they need to communicate in French. Immersion–the world gives an image of dipping someone deeply into something- is a unique system. Students learn school subjects, social studies, for example, in the target language of French, and it is successful.

At OISE (Ontario Institute for Studies of Education of University of Toronto), where I am learning about second language learning and teaching, distinguished faculty members like Dr. Merrill Swain and Dr. Sharon Lapkin have been conducting research on the effects of these immersion programs. According to them, the biggest benefit from these admirable programs is that the majority of Canadian people acquire a functional knowledge of French both in speaking and listening. However, the real benefit of immersion education is that, through practical communicative activities, people realize the difficulties of acquiring another language. Since they know the difficulties of handling languages other than their native language, Canadians seem to be generous to non-English speakers, and patiently try to understand what they mean. I think this leads to empathy for those who are different and may be having difficulties. Acquiring another language gives Canadians generosity and a balanced point of view. This might be a small difference, but it makes a big difference from American people, most of whom speak only their native language, English.

One morning in late September, I was reading the National Post over a cup of cappuccino at the patio of a coffee shop near my apartment. A middle-aged woman stopped by, looking into my newspaper, and whispered to me with great disappointment, “Oh, he has passed away.” I did not understand the significance of her words. “Who?” I asked. It was Mr. Pierre Trudeau, a very popular politician and Prime Minister in 1960s to 80s. Later I found out that he initiated the bilingual policy in Canada, symbolized by immersion. Reading his biography, we can understand how bilingual policy was deeply connected with his belief that the two languages unite different peoples and different parts of the country–Quebec and the rest into one. It also comes along with accepting quite a few immigrants from around the world.

For a long time I have been thinking about the rationale for Japanese to learn English. This is a challenging question. The dilemma is that people feel little necessity of this since communication in their native language is feasible; practical needs are hard to find except for traveling to foreign countries. Attending some classes at OISE/ UT and a conference on second language teaching (French in this case), I have come to realize I was playing only the doubting game. I was trying to find something wrong with the possible answers, which is important as a scientific attitude, but does not bring us anywhere. Now the believing game is needed. We should focus not on the necessities of learning, but on the assets gained by learning: what benefits Japanese people will obtain if they can handle one more language even if there is little practical need. In this sense, Canada has many resources and achievements for making us believe. We have much to learn from the splendid experiment of bilingual education in Canada, even though the situation is different in Japan. This short piece is not sufficient enough to prove this, but I think the bilingual policy and its successful program have surely contributed to the wonderful qualities of Canadian people. People who know more than one language have another world residing in their mind.

Bilingual is beautiful!

published in Halcyon No.44, 2002, March, pp.15-16

(2001.11.8)