オックスフォード通信(133)ヒロシマ

イギリス時間(=グリニッジ標準時)8月6日、午前0時15分、日本に向かって黙祷を捧げました

翌日のイギリスの新聞(本日、8月7日)でHiroshimaを取り上げていたのはテレグラフ紙のみです。エノラゲイの乗務員は投下後、口の中で鉛の味がしたと言っています。

日本では平成最後のヒロシマの日と報道されているようですが、ことイギリスに限ってみるとそれほど関心が持たれていないのは残念な気がします。

第二次世界大戦前、私の両親や祖父母は両方ともハワイや朝鮮半島、満州で暮らしていたのですが、父方の故郷がもともと広島であったため、親戚も多く、戦後は広島に引き揚げ暮らしていたため、小さな頃から広島を訪れることはよくありました。私自身は京都府綾部市の生まれですが、亡くなった長男の春海(春海)兄や、次男の保美兄は広島生まれです。

初めて広島を訪れたのが多分小学校3年生の頃でした。当時まだ山陽新幹線もなく、「しおじ号」という特急で何時間もかけて、確か呉線経由で夏休みに祖父母の家に行ったことを鮮明に覚えています。祖父母は戦後、農家を営んでいました。家の前に畑があり、お風呂は五右衛門風呂でフタの上にうまく乗らないと周りの鉄板に触れてそれこそ火傷しそうに暑かったのを覚えています。

宮島など広島の観光地を数多く訪問しましたが、原爆ドーム、平和祈念公園、そして原爆資料館の印象が強烈だったのをよく覚えています。現在の資料館よりも照明が暗かったと思いますが(昨年訪れた際、CGなども駆使した再現性に驚きました)、特に原爆に被災した人々の写真や衣服、持ち物が数多く展示してあり、驚きよりも原爆の恐ろしさを心底感じたように思います。

農家のトイレは母屋と別棟になっていて、思い出すと怖くてトイレにいけませんでした。

祖父母の家は現在でこそ広島市内に編入されていますが、中心部からはかなり離れているので、親戚でも原爆で被災した人はいなかったようですが、叔父は市内で被災していました。小学生の頃、一緒にお風呂に入ると、その背中にケロイドの跡が残っていたのを見て、原爆が身近にあることを実感しました。

その後、大学を卒業後、実際に8月6日の平和式典に参列したこともありますし、祖父母や叔父が亡くなり、広島の家が売却された後も、出張などで広島に行く機会のある際にはなるべく平和記念公園や原爆資料館を訪問するようにしてきてました。

訪れるたび、感じるのは、戦争にどのような意義があると言われようと、映画で戦争指導者がいかに美化されようとも、戦争が悲惨な結果に終わるということです。まして、原爆のように1つの爆弾で10万人単位で人が一瞬にして死んでしまうことの非合理性と残虐性。

「ヒロシマのある国」に住む私達にできることは何だろうと、真面目に自分に問いかけていました。(2018.8.7)

★今回の教訓:異国の地から故郷を想う。
f:id:wakazemi:20180803204149j:image

オックスフォード通信(130)Jacinda Andern (PM of NZ)

ニュージーランドを年末年始に訪問してからすでに5年近く(2013年末-2014年頭)経ちます

南島のクイーンズタウン (Queens Town) から旅をスタートしたのですが、飛行機が徐々に高度を落として南アルプスの切り立った山々が目に入り、そして氷河の水が流れ込んだ湖を見たときの感動を今でも忘れることができません。その後ロープウエーで高台まで上がってみたのですがさらに青々とその湖は水を湛えていました。ミルフォードサウンドの静まりかえったフィヨルドも強く印象に残っています。

本日のイギリスガーディアン紙をめくると、ニュージーランドの女性首相である Jacinda Andern が出産から6週間で仕事に復帰したニュースを一面で報じていました。何か、日本との大きな差を見せつけられたようで少し呆然とするような気持ちでした。

ニュージーランドは美しい国土を持っているだけでなく、女性が住みやすく働きやすく出産もしやすい国なのだなと思います。

基本的姿勢として私は特定の大学とか誰か国会議員だけが悪いと追求する気持ちはサラサラありません。漏れ伝わってくるニュースでは出産をしないゲイに手厚い保護はいらないとか生産性が低いとか(エルトンジョンが聞いたら激怒すると思いますが)、すぐ辞めてしまう女医さんを抑制するために大学入試で女子の点数を一律減点してきたとか、それ自体は呆れ返る話ばかりで、なぜそのような国会議員や大学が存在するのか目を疑いますが、それは誰の責任なのかと思うわけです。民主主義国家と言っても日本はその程度なのか、と思うますが、モグラ叩きのように次から次へとレベルを疑われるような話が出てくるのは、その特定のグループや個人の問題ではなくて、日本人全体が醸し出してきた負の文化の表れなのかもしれないと思います。

陸上競技での10000M走で言えば周回遅れもいいところで2-3周遅れているように思います。

もちろん、そのような問題を放置もできないし追求もしなければならないけれど、国会議員ならそのような政党には一切投票しない、そのような大学には子弟を送らないなど国民が毅然とした態度を取らないからいつまでもこのような問題が起きるのだと思います。そもそも自分は関係ないとか、暗に支持をしている人たちの割合も多いのではないでしょうか。

これまでは選挙になって、土下座されたり、涙ながらに訴えられるとそれまでのことをすっかり忘れて一票入れるのは、日本人のおめでたい、お人良しが現れているように思ってきたのですが、最近ではむしろ、未来に対して無責任な態度だと思うようになっています。その一票を投じたり、棄権をすることが、現在の日本の状況を生んでいることにもっと目を向けるべきだと思います。

私は別に日本が全てニュージーランドのようにならなくてもいいと思いますが、少なくとも今回の記事を読んで、ニュージーランドの方がさわやかな風が吹いているように思いました。

さわやかな風が吹いている地域を増やせば、愛国心も自然と備わってくるように思います。

デジタルは若者の独断場。社会を変えるいいチャンスなのかもしれません。

さわやかな国に住み、さわやかな風の吹いている大学で教えたり学んだりしたいものです。

(2018.8.4)

★今回の教訓:女性の首相がいて、出産して職に戻る。これ以上のロールモデルはないだろう。
f:id:wakazemi:20180803203603j:image

オックスフォード通信(127)若木は嵐に育つ

オックスフォードに来てからすこし自分の教師生活を振り返ることがあります

公立中学校で11年、短期大学の講師・助教授として8年、大学の助教授・教授として17年、計36年教師をしてきたことになります(大学院留学などの期間を含む)。その間、多くの素晴らしい教師に出会ってきました。すぐ頭に思い浮かぶだけでも、大学時代にはゼミの担当であった稲葉宏雄先生、田中昌人先生、天野正輝先生、田中耕治先生、大学院修士課程では髙島英幸先生、山岡俊比古先生、二谷廣二先生、次重寛禧先生、田中正道先生、青木昭六先生(青木先生にお世話になったのは院を修了してからだが)、大学院博士課程では Sharon Lapkin先生、Merrill Swain先生、Nina Spada先生、Alister Cumming先生、Nishisato Shizuhiko先生など学生として院生として多くの先生の薫陶を受けてきました。

一方、多くの大学の教員や研究者と異なり、私は大学卒業後教師として働いた後、30才を過ぎた頃大学院に入りましたので、教師の仕事に関しては大学時代及び中学教員として働いた20代に出会った先生方の影響を多く受けてきています。

その中でも、大学4回生の時、京大に1回だけ講演に来られた林竹二先生と同じ中学校で働いていた当時の学年主任だった中村昇先生との出会いは大きかったと思います。

林竹二先生は今から思うと亡くなる2年前の講演だったと思います。「授業を通して教師も生徒も変わる」ことを実感を込めて当時の法経1番教室を埋め尽くした学生に語られました。その信念に基づく話しぶりに、困難を伴いながらも、教育の可能性を大いに実感したのをよく覚えています。「国語でなくとも英語でも同じことはできるでしょうか?」と直接先生に質問したところ「もちろんです。多くの英語の先生が素晴らしい実践しているではないか」と力強くお答え頂いたのも鮮明に覚えています。

中村昇先生には、授業もクラス運営もうまくいっていない時、あきらめないで一緒に頑張っていこうと同じ目線で日々励まして頂きました。当時、経験も浅く「教えられたように普通に教えていた私」の授業に魅力がなかったのは事実です。もちろん、その後、大学の教員になって物事がすんなりと授業がスムーズに進んだ訳ではないですし、苦労もありましたが、20代の教員時代の比ではありません。林先生のような魂の授業をしようと思ってもできないもどかしさ、明らかに生徒の興味をつかみきれていない授業、忙しい毎日、見えない展望。

でも今から振り返ってみるとその日々の葛藤があったから今の自分があることに気づきます。当時、三上満先生の「若木は嵐に育つ」という本を読んで、嵐の中にいる若者は全然そんな気になれないよ、と思っていました。でもその嵐にもいつか対処できる方法を編み出すことができるのも事実で、今から思うと三上先生は正しかったと思えるのです。

振り返るのには早いのはよくわかっていますが、今日このようなことを考えていたのも、今春大学を卒業し、関西のある市の中学校の英語教員として奮闘しているAさんと昨日、テレビ電話で話したことがきっかけです。彼女はまだ常勤講師の身分ですが、英語の授業に加え、学級担任、クラブ指導も受け持っています。新採ですら多くの場合1年目は学級担任は免除されるのと比較しても荷重の負担です(おまけに教員採用試験の準備もしなければなりません)。このような状態でありながら管理職からはできていない所について手厳しい指導というか叱責が度々あるそうです。本来なら、これだけの負担を強いているわけですから、このようにすればもう少しうまく行く、といったサポートをするのが、又はそのような体制を取るのが管理職の仕事だと思います。

矛盾を感じます。

しかし、一方で彼女の話を聞きながら、自分自身の20代を思い出していました。時代も置かれている状況も大きく異なります。でも困難にあることには変わりはありません。

管理職と対決して仮に管理職が折れて、Aさんをサポートしてくれるように変わってくれるとそれはいいかもしれませんが、そこに至るまでの道のりを考えるとそれこそ呆然となります(本来は、同じ学校で教える同僚がもっと手を差し伸べるべきです。また、なぜ新卒の講師が担任をしなければならないのか、その学校の人事構成に歪さを感じます。誰かが担任を拒否しているわけです。どの組織にも理由をつけてしんどい事から逃れようとする人がいるものです)。そのようなことに使うエネルギーは「授業」に向けるべきだと思います。

「授業が変われば、生徒も教員も変わる」。この林竹二先生の教えはいまも生きています。しかし、一方で授業を根本的に変えることはそれこそ大変です。

マンガ『美味しんぼ』に先代から受け継いだだ天ぷらやの二代目の話があります(二代目の腕)。どれだけ修行して工夫してもお馴染みさんからは親父さんにはまだまだだねと認めてもらえないと悩んでいるのです。そこへ山岡がやってきて、てんぷらではなくて、付け合わせの漬物に工夫を凝らせ、とアドバイスをするのですね。二代目はぬかから工夫をしてピカイチの漬物を天ぷらと一緒に出すと、馴染みの客が、腕を上げたね、と絶賛するというお話です。

いろいろな解釈があると思うのですが、私はどこか一部分でも改善すると全体がよくなったように人間はいいように錯覚すると理解しています。

Aさんにアドバイスをしたのは、学級担任もクラブも英語の授業も全部を変えようと思ってもそれは気が遠くなるし非現実的、英語の授業に絞って、しかもその10%(5分間/50分授業)だけを何かあたらしいアイディアで変えてみてはどうだろうか、ということでした。

幸い、英語の授業は切り口が色々とあります。デジタルネイティブの20代の教員であれば、まずインターネット、iPad、電子黒板などICTが真っ先に頭に浮かびます。ビジュアルや音声と組み合わせると一層効果的です。そして、ALT。ALTのサポートで沢山の教材をICTを駆使して作ることができます。これは若い先生の得意分野です。まさにDigital Age の真骨頂です。

Aさんには是非、英語の授業から切り込んでいってほしいな、と思います。

「石の上にも三年」

そう、卒業式にゼミの皆さんにお話しました。今回は教師の仕事について書きましたが、仕事について3年くらいはどの業種でも大変です。

嫌なことは寝て忘れられるのも若者の特権です。また翌日は新しい一日として臨むことができるのが若者の特権です。あっけらかんとしていたらいいのです。

誰しもできなかった20代があったのです。今この文を読んでいただいたみなさんが20代なら出来なくて、もともと、と思って、「少しずつ」改善を目指してください。

今読んでいただいているのが50代の管理職の皆さんなら(あまりない状況ですが)、自分の20代を思い出して、建設的なアドバイスをしてあげていただきたいと思います。自分の学校をよくしたい気持ちは分かりますが、それは同僚性を基盤した協働性の上に成立するものだと思います(豊中市の校長をしている畏友のN先生にこの話をすると激怒するだろう)。

A先生、一歩一歩、授業を見つめて改善してゆきましょう。いつか、私のように振り返る時がきますよ。生徒はよく見ていますよ。大丈夫。A先生は未来の教師です。経験を積んで少しずつ授業を改善してゆきましょう。

若木は嵐に育つ

(2018.8.1)

★今回の教訓:上に立つ人の人格は格段と重要だと思う。長のつく役職についた途端に勘違いする人が結構いる。一生、その長の仕事に留まれるのなら別だが、自分がその仕事を離れた時にどれだけ周りの人に慕われるか考えて行動するべきだ。実力のない人ほど偉そうにするのはいつの時代も変わらない。有言実行のリーダーと一緒に仕事がしたいし、そのようなリーダーシップが取れる人にいつかなりたいものだ。
f:id:wakazemi:20180731151802j:image

オックスフォード通信(126)Apple と Windows

この夏は大学の図書館、ラドクリフ・カメラ で仕事をすることが多くなっています

日本と同様に歴代1位ではないかといわれるくらいの高温と連続した夏の日差しはさすがに日中はこたえます。所属する教育学部の図書館の方がフラットからも近いので(約7分くらい、ラドクリフで10分くらい、あまり変わりません)すが、建物の壁が薄いせいか、暑さがすぐに室内に伝播します。一方、ラドクリフは本格的石造りで窓も多くないのでエアコンが入っているのではと思うくらいひんやりします(通信120参照)。日本の蔵と思っていただくといいかもしれません。

さて、そのラドクリフで(写真は厳禁なので残念ながら撮ることが出来ません)周りを見渡すと、ほぼ全員と言っていいくらいラップトップを持って来ているのですが、これもほぼ全員と言っていいくらい Apple の製品、Mac を使っていることに気づきます。

世間的にはマックのシェアは精々10%くらいだと思うのですが、オックスフォード大学の大学生、大学院生、そして研究者を含めても逆に90%以上のシェアがあるように思います。大学の図書館のコンピュータはデルなど全部ウインドウズなのですが、個々のユーザーが全く逆転していることは興味深いことだと思います。

日本でも大学の図書館やコンピュータルームのコンピュータはほぼ全部ウインドウズですが(同女の創造メディア学科にはマックの部屋があります)、大学生もウインドウズを使っています。なぜ日本ではユーザーレベルでのウインドウズとマックの逆転現象が起きないのでしょう?

マックの方が使うのに難しそう、という声をよく聞きます。両方使っている立場からすると全くの誤解でウインドウズの方が150%くらい使いにくいという印象を持っています。

これは(日本人大学生がマックを使わない理由)日本人の方が自分で考えて選択していないのでウインドウズ優勢になってしまっているのではないでしょうか?日本人大学生で良く聞くのは「どのコンピュータが使いやすいですか?」ではなくて「みんなはどのコンピュータを使っていますか?」というセリフです。すると必然的にウインドウズになってしまいます。

イギリスの大学生もみんなが使っているからという理由でマックを使っていると思うのですが、その流れを作った人達はおそらく最初の質問を問いかけてマックを選んだのではないでしょうか。またマックが使いにくくいなれば、ウインドウズに乗り換えることもいとわないことでしょう。

たかが、コンピュータの種類ですが、日本と同じ島国根性を持っていると言われるイギリスの大学生の方がより現実思考かつ未来志向な気がします。このマインドセットは必然的に就職先や支持政党にも反映されているように思うのですが、過大解釈しすぎでしょうか?

「みんなはどこの会社を志望していますか?」

「みんなはどこの政党に投票していますか?」

と。

(2018.7.31)

★今回の教訓:マインドセットを変えることはなかなか難しいが、異なるマインドセットに触れることは外国語学習の重要な目的であるように思う。
f:id:wakazemi:20180730123951j:image

オックスフォード通信(123)OUP

オックスフォードにはかの有名なOxford University Press (OUP) があります。

本社は昔、現在のボードリアン図書館の前にあったそうですが、現在は Jericho と言われる大学の東側に移っています。まあ、そこは本社という事なのですが、その直営店(=書店)がオックスフォードのハイストリート(イギリスのどの街にもある通りで、通常メインストリートになっている。オックスフォードの場合にはコーンマーケットストリートの方が賑わっている)にあります。

日本なら即日(大学の研究室のある京都市内なら)や翌日(自宅のある亀岡市内)に配達ということもありアマゾンで注文する事が多いのですが、イギリスのAmazon(こちらでもプライム会員になっています)は翌日配達が稀でほぼ2-3日以内の配達という状況です。すると急に、アマゾンで注文する魅力が失せる感じもあり、今住んでいるフラット(Summer Townです)からCirty Centre(イギリスではダウンタウンよりもこちらの言い方)まで自転車で(!)10分程度なので、本が欲しくなったら買いに出かけるようにしています。

もちろん四条河原町や四条烏丸まで出かけると丸善やジュンク堂があるのですが、同じ大学街でも徐々に本屋さんが無くなっている京都はとは少し状況が違うように思います。ただ、オックスフォードでも以前はもっと本屋が多かったという声も聞きますし、私がこちらに来てからでもサマータウンの唯一の30年以上続いた本屋さんが閉店しましたので、実は本屋さんへの逆風は日本もイギリスも同じなのかもしれません。

オックスフォードの中心部にある本屋さんとしては、ギネスブックに世界最大の本屋さんとして登録されているブラックウエル(Blackwell’s Bookshop)とウオーターストーン (Waterstones)が代表格です。

しかし、語学や応用言語学の多くの専門書を出版している OUP の本が欲しくなったら直営店に行けるという贅沢さがオックスフォードにはあります。

実は、図書館で本を閲覧・借り出ししたり、PDFで論文を読む事が多かったのでそれほど多くの本をこちらでは購入していないのですが、先日 Waterstones で購入した英語の文法の本が面白かったので、その類書をOUPの直営店に探しに行ってみました。

さすが。欲しいなあ、と思っていたOUPの本は全てあって、ついでにその横に置いてあった David Crystal の本まで購入する事ができました。このあたりが、アマゾンとの違いですね。その本を実際に手に取り、またその周りに置いてある本も手に取ってみたり(更にその近くにおいてあったOUPのペンとかトートバッグなどの誘惑に負けそうになりました)、また同じ書棚を見ている他の客が手に取っている本も参考にすることができます。そこから得られるインスピレーションはすごいとはいいませんが、いい刺激になります。

綾部市という京都北部の小さな街に生まれ育ち、小学5年生くらいの頃に近くにお住まいだった日野先生に英語の手ほどきをしていただいてからどれほどの年月が経ったか分かりませんが(実は分かります)、世界最高峰のオックスフォード・ユニバーシティ・プレスで本を買うことができたことに変な感慨と感動を覚えていました。小さな夢が叶ったように思います。まあ、本を買うなら誰でもできることなんでしょうが。

ところで、昨日はほぼ10年前に同志社大学での授業の受講生だったTさんが会いに来てくださいました(オックスフォードのパブでお会いしました)。また本日は数年前の京都大学での授業の受講生だったDさんからこのブログを見つけてメールを送ってくださいました。このように授業が終わった後も覚えて連絡をしてくださることに感謝の気持ちで一杯です。教師を志望する人に、教員のいい所は授業が終わった後にもその人間関係が持続することがあること、と言っていますが、まさにその通りのことを実感しています。

幸せな気持ちにつつまれた土曜日になりました。

(2018.7.28)

★今回の教訓:本を購入するだけでなく、いつかOUPから自著を出版することを次の夢に。
f:id:wakazemi:20180728145905j:image

オックスフォード通信(121)良心とxxx

From a distance

遠望すると普段見えないものも見えることがあります。私の好きな歌に、この From a distance があります。もう四半世紀(=25年)前になるのがビックリですが、公立中学校の英語教員をしている時も3年生の授業では必ずこの歌を取り上げていました。

湾岸戦争の際(1990-91)Bette Midler のカバーが有名になりましたが、もともとは Julie Gold の歌です。その頃、NHKラジオ英会話を視聴していて講師の大杉正明先生の名調子で紹介されたのがこの曲を知ったきっかけです(先生とは、大学の教員になってFEAT3の学会で親しくお話をさせていただく機会があり感激したのを覚えています)。

From a distance, the world looks blue and green
And the snow capped mountains white
From a distance, the ocean meets the stream
And the eagle takes to flight …

と続きます。イギリスは宇宙ではありませんが、日本を傍観したり、イギリスと日本を比較することによって Julie Gold が歌った効果があります。

会議を重ねても良い結論に至らないことが日本ではよくあります。3つのパターンがあって、A) トップダウン式の会議で何を言っても結論は最初から決まっているので「あきらめて」何も言わない(このパターンが一番多い)、B) 意思決定者(CEO、社長など)に歯向かうと報復(特に、人事などで)を受けるので、意見を言わない、反対しない、C) 正論の提案に対して、しんどいことが嫌なので理由をこね回してその正論が通らないように筋の通らない意見を述べる(現状を改革しようとする会議によく見られる=だからトップダウンでないといけないのだという短絡的結論を生んでしまう)。

パターンは違え、共通しているのは、自分の中にある「本当は … なんだけど」という良心のささやきと何かを取引していることです。パターンAの場合は、良心と平穏な生活を、Bの場合には、良心と保身を、Cの場合には良心と自分さえよければ後は知らないというわがまま(自己中心性「わが亡きあとに洪水はきたれ」)と交換しているのです。

よく、なぜ太平洋戦争を防げなかったのか、なぜナチスドイツのような独裁を生んでしまったのかという疑問が呈せられることがあります。私も何十年とその疑問をモヤモヤと考えてきましたが、最近ハタと疑問が氷解したように思います。

それは政治制度や社会・経済状況というrマクロの問題もありますが、最も大きな問題は個人のレベルで良心を押し殺す作業が日常的に行われている所です。この押しつぶされた良心の束と交換されたものが戦争や絶対主義を招く原因ではないでしょうか。

誰しも自分が可愛く、平穏で少なくとも現状を維持しようと思います。しかしそう思えば思うほど、現在の自分の生活を維持することは難しくなるのではないでしょうか。

私が勤務する同志社女子大学は良心教育を根幹に据える大学ですが、良心ほど言葉で教えるのが難しいことはないと思っています。

イギリスに来てから多くの教会を訪れる機会がありましたが、その多くはイギリス国教会です。最上位にはGod、そしてイエスキリストという図式は変わりませんが、その次に女王が据えられているのが、宗教の役割をわかりやすくしていると思います。つまり戦争には正義の戦争と不義の戦争があり、正義のためには爆弾を落としても人の命を奪っても、神に祈るのことによって正当化されてしまいます。きっとこの時、教会の牧師は良心と何かを取引していると思いますが、それは祈りによって正当化されてしまうのです。人の命はある時は最も重要で、神の愛を説きながら戦争に加担してしまう。言葉では良心と言いながら行動に結びつかない。戦争でこれまで明確になっていることは、爆弾で死ぬのも大衆であるし、戦争に真っ先に駆り出されるのも一般大衆であることです。戦争にいい戦争とわるい戦争があるわけでなく、全ての戦争が良心の対極にあることは自明です。そのことに全ての宗教が全力で反対したのを過去を振り返ってお見たことがありません。ここにも良心と何かとの取引があると思います。

良心はどうやって教えるか。それは実際の行動や実践によってでしかできないと思います。しかもそれほど大上段に構えなくても日々の生活の中で良心の感じられる行動を実践することは十分可能だと思います。教育の大切な役割は、良心が大事だと教えることではなくて、「あなたにも良心を実践する能力が備わっている」と自信を与え、そのような場を提供することだと思います。

同志社女子大学の場合であれば、もうすぐ今年も始まる群馬県榛名町・新生会でのワークキャンプであり、手前味噌で恐縮ですが、若ゼミの活動が含まれると思います。

では、良心と取引しないためにはどうしたら良いか、本当はそのようなことを考えるのが、本年度 (2018年度)から小学校で来年度 (2019年度)から中学校で教科化される『道徳』の目的ではないかと思います。

遠くからものごとを眺めるとよくわかることがあるのは本当です。

(2018.7.26)

★今回の教訓:社会は一人一人から、大学も一人一人の学生・教員・職員から成っている。そのひとりひとりの意識や行動が社会や組織のあり方を決定づけるのは当たり前のことかもしれない。
f:id:wakazemi:20180723200837j:image

オックスフォード通信(119)インターネットゼミ15 回目 

昨日は、インターネット・ゼミの春学期しめくくりとなりました

オックスフォード大は既に夏休みにはいっていることを考えると、日本の大学は長期間に渡って勉強していることになります(本題とは関係ないですが、遠くイギリスから漏れ伝わる日本の国政や社会状況を傍観すると、日本は制度疲労していて、国の行く末を誤っているように思います。私は政治家を非難しようとしているのではありません。彼らには日本の100年先や200年先の自分達がこの世からいなくなった後のことを考えるリーダーとしてのビジョンがないのは事実ですが、そのような政治家を選挙に行って又は棄権することによって選んでいるのは日本国民です。そのビジョンがないのは実は日本国民自身であって、国政の状況は日本国民の映し鏡になっているのに過ぎないと思うのです。自分はこれが[仕事が、家庭が、勉強が]忙しいので政治のことは何世も続く政治家のみなさんにお任せしますと言っている間に、世界の大勢からみると、独自路線を行くと言うよりも、行っては行けない方向に危険も顧みず、みんなで進んでいるように思えます。大学に話を限ってみても、15回も授業をする必要はありません。特に今年のように暑い夏の中、効率が上がるわけはありません。それは、大学といいながら、大学評価委員会とか文部科学省に従順であろうとする、大学自治とはかけ離れた態度を取っているからです。なぜそのような態度を取るかというと、それが正しいからではなくて、そうしておけば社会的にも現在では大学内からも非難されないからです。そこに欠落しているのは大学で学ぶ学生や教職員の実際の姿です。効果があれば20回でも授業をすればいい。でも大学設置基準に書いてあるからといって、文科省からの指導があるからと言って盲従しているだけで、大学の将来を真剣に考えているとは到底思えません。自分達が非難されなければ・・・穏便に事なく進めることができれば・・・この理由なき消極主義が日本中にあふれているように、イギリスからは見えます。その裏で文科省の局長が自分の息子を裏口入学させたというニュースが象徴するように無為に権力を持った人達は見識のない行動をとる、それをマスコミが非難する、けれど国民は仕方ないと、どうせ何も変わらないとあきらめ、テレビのお笑いを見、世界一便利なコンビニに買い物に行ってその怒りを静める。でもそうかな、と思います。日本人は総体としてみたときとても優秀だし、ひとりひとりのポテンシャルも高い。要は、控えめするぎるのかもしれないと思うのです。もう少し自分を信じて、つまり自分にできることがあるいことを信じて行動すればまわりの雰囲気は一変すると思います。小学3年生の時、バカなことを考えていて、日本人一人一人から1円ずつもらった、1億円以上のお金になる、と[もちろん、全国民に対して同じ事ができないのでこれは成立しないのですが]。ひとりの力は例えば、1円くらいですが、集まると1億円の力になる、1億円も1円なければ9999万9999円でしかないということです。問題はみんなそのことは知っているけれど、行動を起こそうとしないことです。ではどうすればいいかというと、宮崎駿が「半径何Mのしあわせ」ということを著書の「出発点」・「折り返し点」[どちらか忘れました] に書いていますが、ここにヒントがあると思います。トップを替えないと世の中は変わらないと思う人が多いかもしれませんが、これは多くの場合不成功に終わります。なぜかというと、なかなかトップになれないし、トップになるまでに妥協の産物を沢山作ってしまって、トップになったときには本来の目的をほとんど忘れてしまって、世の中はそんなに甘いものではないとつぶやくのが精一杯になってしまうからです。割と簡単にできる道は、自分の半径1メートル以内を幸せにする努力をすればいいのです。これはできる。昔、自分の家の玄関をキレイにすれば世界は美しくなると聞いたことがありますが、よく似た論理だと思います。これを半径3Mくらいにしてこの春プロジェクトに取り組んだのが若ゼミ18ということにもなります。彼女達が普通のゼミとは異なるのはゼミの運営に関してはおよそ頼るべき指導者が近くにいないということです[アカデミックな部分についてはKitao先生に大きな薫陶を受けています]。じゃあ、自分達で自分達のゼミを何とかしなくては、という気持ちになる訳です。これはゼミだけでなく、結婚している人は自分の家庭は世界一の家庭にしようと思えばいいわけですし、先生をしている人は自分のクラスを世界一の教室にしようと思えばいいわけで、政治家にならなくても[なってもっと教育費を増やしてくれると有り難いですですが]できるわけです。この自分+自分の周辺を変えようと思う気持ちがあれば社会の向きを間違えることはないと思います。ただそこはぬるま湯だけではいけないわけで、建設的に意見を述べる人や前提を作りすぎる[=これは自分達には無理だ]といけない訳です。オックスフォード大に来てほぼ4カ月経ちますが、この大学が世界一であって、他のランキング1000番台の大学と根本的に違うことは[これまで色々書いてきましたが]ないように思います。違いは実はほんの少しで、その違いというのが、真面目に将来を考える、コツコツと実践している、夢の実現のためには先入観なく誰とでも話をする、この3つくらいです。ただその根底には、自分は社会の役に立るはずだという自信(自己効力感)があると思います。というとなーんだ、やっぱりそれはオックスフォード大学だからできるのだ、という人もいるかもしれませんが、そう思う人は「半径を狭くすればいいわけです」。Think globally, Act locally. という言葉もそのような意味合いなのだと思います。日本で政治家や高級官僚と言われる人達を責める前に[彼らは責められるべきだと思いますが]、それを他山の石として自分の持分の半径をハッピーにする方向に生かせば、結果的に、1円×1億=1億円の論理で、社会は健全になると思います。前置きが?長くなりました)。

さて、昨日は同志社女子大学側のWifi状況がよくなかったようで(このどこが悪い?は場所の特定のが難しいです)、計4回止まってしまいましたが(2回は私が話をしている最中でした)、ゼミメンバーの早急な対応でそれほどフラストレーションを感じることなく進めることができました。

ポスターセッションと春学期のまとめを行ったのですが、しめくくりに相応しい充実したセッションになったと思います。強く感じることは前置きに長々と書きましが、以下の3点です。

1a. 自分達のゼミに17名が責任持とうとしている
2a. 仕事の分担を公平 (being fair) かつ平等 (being equal) にしようとしている、誰かに任せってきりにしない
3a. 楽天的ものごとを進めようとしている

また、それぞれに対応する形で具体的な行動として、以下の特徴を見て取ることができたと思います。

1b. コンピュータの設置設定に象徴されるように縁の下の力持ちになることをいとわない
2b. いろいろな局面でゼミのリーダーが入れ替わる
3b. 大学行事も含め、どうせやるなら楽しく進めようとしている

4月9日の4回生第一回ゼミから終わってみるとあっという間でしたが(その意味でもこのブログにこと細かく記録しておいて良かったと思います)、いい成果を上げてきていると思います。ただ、「百里を行く者は九十を半ばとす」という「戦国策」の戒めにあるように、本当にまだ半分なので、敢えて「ゼミはこれからです」という気持ちで気持ちを引き締めて「世界一のゼミ」を目指して新たな考えをめぐらせたいと考えています。春学期、多くの方々にお世話になりました。特に、Kitao先生、TAのKさん、事務室の池内さん、三浦さん、スタッフの皆様には一方ならぬお世話になりありがとうございました。これらかも無理難題をお願いすることがあると思いますが、引き続き、ご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

さあ、夏休み!

(2018.7.24)

★今回の教訓:若ゼミ 17期生に餞別に頂いた2018カレンダー。7月の欄は「夏は汗も書くが、収穫も多い」と一言が。オックスフォードも史上最高に熱いといわれる夏だが、こちらでも頑張りたい。
f:id:wakazemi:20180723114543j:image

オックスフォード通信(117)イギリスは世界の京都?

イギリスは世界の京都?
こう書くとワカモトも遂にイギリス礼賛主義者に成り果てたか?と思われるかもしれませんが、もちろんそんな事はありません。

さて、ロンドンという街が世界中にあるのは有名な話です

例えば、カナダのオンタリオ州のロンドンはかなり大きな町でその存在を知られた街ですが、其の他にもアメリカにもロンドンはありますし、英語圏であれば世界中にあると言っても過言ではないかもしれません。

特にロンドンの街を歩いていると、地名や人名から、例えば、Wellingtonはニュージーランドの首都ですが、Duke of Wellington の像などに出くわすこともあります。

4月中旬に、BBCを見ていると Commonwealth Heads of Government Meeting 2018 という集会のレポートをしていました。よく見るとカナダのジャスティン・トルドー首相を始め、ニュージーランドやオーストラリアの代表(おそらく首相)が勢ぞろいしていました。そう日本語に直すと「英国連邦」という連合体のことを昔、中学校で教えてもらいましたが、それに当たるものです。

つまり、地名にしても、地球上の特に英語を母語や公用語にしている地域にとっては、イギリスは心の故郷のような存在なのではないかと思い始めました。丁度、日本人にとって京都が特別な存在だとであるように、英語圏の(アメリカは分かりません)皆さんにとってイギリス、特にイングランドは原点のような存在なのかもしれません。

日本に金沢や津和野など多くの「小京都」と言われる街がありますが、同様にまだ「小イギリス」が世界中にあるとイギリス人は思っているのではないでしょうか。または京都人が小京都に対して自分達が本物なんだと自負するところがありますが、同様の精神構造がイギリス人にもないと言えるでしょうか。

だからなのかと思うのですが、イギリスでは変化はなかなか目に見えないように思えますし、伝統を楯に融通が利かないこともずっと変わっていないように思います。それは変わらないのではなくて、イギリス人が変える必要がないと思っているからではないでしょうか。

京都に昔から住む皆さんが、京都の伝統と歴史に誇りを持ち、頑として変えない部分があります。それによく似ているように思います。少なくとも、英語圏に対して(恐らく世界中に対して)イギリスは精神的に今もその中心にあると無意識的に思っているのではないでしょうか。

今、テレサメイ首相がトップのイギリス保守党、およびその政府は Brexit (いわゆるEUからの脱退)の方法でもめに揉めていますが(かき回すだけかき回して、交渉の結果が妥協しすぎで理念が失われたと言って閣僚を辞任したボリスジョンソンはやっぱりな、という感じもします。このような混乱だけ生み出して責任逃れをするような政治家は世界中にいます)、これもまた亡霊のようにイギリスの独自性にこだわり、移民問題に端を発していますが、EUの中で平均化されるのを良しとしない心情が共有されているように思います。

じゃあ、日本の役割は?と考えると、いつまでもアメリカとの連携ばかり追いかけるのではなく、本当にグローバルにものを考えるようにマインドセットを変更するいい時期に来ているように思います。そこに英国や米国の英語ではなく、国際語としての英語が、ジグソーパズルのピースのように上手くハマってビッグピクチャーが完成するように思うのですが。

(2018.7.22)

★今回の教訓:イギリスは世界の京都、というメタファーはどうだろう。結構イケるのではないかと思うのだが。マインドセットを変えないと日本の閉塞感は払拭されないように思う。
f:id:wakazemi:20180722111933j:image

オックスフォード通信(116)第16回英語英文学科ポスターセッション(前編)

ポスターセッションが開催されました。

これは春学期のしめくくりという意味もありますが、卒業論文の中間発表という意味合いをもっています。本来は、7/7(土)に予定されており、それに向けゼミ内でのリハーサルなど万全の準備をしてきたのですが、西日本豪雨の影響で21日(土)に延期されていたものです。

私は最初はフルに参加しようと内心思っていたのですが、純正館のWifi状況や入れ替え時間を含めた15分間という限られた時間の中では難しいと判断し、イギリスから声援を送ることにしました。

インターネットゼミを14回積み重ねただけあって、メンバーがいろいろと知恵をしぼり、各自の発表はデジタルビデオカメラ(SDカードを購入しました!)にフル録画し(後の作業を勘案し、各自の発表の合間にはポーズをいれる)後にYoutubeのグループシェアでイギリスからも閲覧できるようにする(この日はKitao先生も校務の会議のため参加できなかったためこのビデオはとても役に立つと思います)、また各自の発表の最初の1分間をスマートフォンで録画し、ゼミLINEにすぐに共有する。

私はリアルタイムで全部見ながら、念力で応援しようと思っていたのですが、立ちはだかったのは時差の壁。日本でポスターセッションの開会式は午前9時半(英:午前1時半=まだ大丈夫)、発表開始、午前10時(英=午前2時、大部あぶない)と午前11時頃(英=午前3時)まではLINEにほぼリアルタイムで送られてくるビデオを観ながら応援していたのですが、ふと気づくとイギリス時間=午前6時前(日本時間午後2時)となっておりました。すいません、睡魔につい足を踏み入れてしまいました。合計10名はほぼリアルタイムで見れたのでよしとすべきでしょうか。

しかし、LINE(本当に役に立ちました!)に送られててくるビデオや写真を見ながら、若ゼミ18期生、ひとりひとりの成長とゼミとしての確かな躍進に熱いものがこみ上げてきました。夜中でしたが。今回はポスターセッションとしてははじめて全編英語でのプレゼンテーションでしたが、リハーサルのと時よりもグンと自信にあふれた発表をしていました。またゼミとして和気あいあいとしたムードがよく伝わってきました。これも実行委員を務めてくれたAさんとRさんの尽力が大きいと感謝しています。

最初にゼミ全員で記念撮影をしている姿も嬉しかったことのひとつです。言われなくても自分達で全員揃っての写真を撮ろうとする姿勢にジーンんときました。自律性は確かなものになってきています。実は毎年4回生全員でも撮影しているのですが、今年は誰も言い出さなくてないのかな、と思っていたら、事務室のIさんからその写真が送られてきました。

とかく、自分がいなくては・・・と思いがちなところがあるのですが、いなくてもちゃんとみんなでやってくれるのだなあ、と来年帰国した後も、肩の力を抜いて、他の人にどんどん任せてゆくべきだと再認識することもできました。

当日は、若ゼミの先輩も応援にかけてつけてくれるなど幸せな気持ちにしていただいたポスターセッションでした。明日はこの続きを書きたいと思います。

(2018.7.21)

★今回の教訓:若ゼミ3期生が立ち上げたポスターセッション。学科正式行事になって8年くらい。13人が蒔いた種は着実に成長している。
f:id:wakazemi:20180722075408j:image

オックスフォード通信(114)アフリカからの研究者

ひょんなことからアフリカからオックスフォードに来ておられる方々と昼食を共にしました。

ひとりは、ブルキナファソのピーターさん、もう一人はギニアのサマーさんです。

お二人とも医学系の研究をオックスフォードでしておられるとのこと。サマーさんによるとギニアのOfficial Language はフランス語で、母語は現地の言語があるとのこと。日本の中学に当たるSecondary School から外国語学習が始まるとのことですが、サマーさん(うーん、30代後半かな)の頃はアラビア語で、現在は英語が該当するとのことです。

他に一緒にいたのは、法学を研究しておらえる日本の研究者のKさんに、シリアの研究者(ビジネス研究)のオマールさんです。

当たり前と言えば当たり前ですが、このような集まりで使われるのは英語です。これはオックスフォードだからではなく、場所がパリでもアムステルダムでもニューヨークでも同じだと思います。英語を国際語として使うというのはこのような場面なのだと実感できます。英語を母語とするいわゆるネイティブ・スピーカーはひとりも含まれていません

いろいろな話をしたのですが、思ったのはアフリカについてほとんど知らないと言うこと。ちなみにサマーさんは日本の長崎大学で7年間研究生活を送っておられたので京都をはじめ各地を訪れたことがあるようで日本通です。

さて、まず地理が分かりません。ピーターさんは陽気な感じの方ですが、ブルキナファソと言われても、アフリカのどこにあるのか、説明を聞いてもイメージが沸きません。ギニアでやっとそういえば高校の世界史や地理で学んだな、というくらいです。ただサマーさんにギニアについてお聞きしていると徐々に分かるところは分かってきました。季節は雨季と乾季で、今は雨季に当たるとのこと。医者はギニアでも尊敬される職業で待遇もいいため、医師免許をとるとフランスで医師をするためギニアを離れてしまう人達が多いとのこと。

サマーさんはあまりアクセントがありませんが、互いに聞き返すことが多いのも特徴です。ただ一方的にどちらかが「分からなくてごめんなさい」というような卑屈な気持ちにならないのも面白いところです。

つくづく、私はアフリカについて知識がないな、と思ってしまいました。私が大学時代にヨーロッパ旅行をした際に、モロッコを訪れたことがあるといったら話がもりあがりました。このような出会いがアフリカについて興味を持つキッカケになるのでしょうね。シリアのオマールさんについてはまた別の機会に書きたいと思います。

(2018.7.19)

★今回の教訓:世界各国から研究者が集まっているのもオックスフォードの強み。京大もそのはずなんだがあまり交流の機会がないような。気のせいか。
f:id:wakazemi:20180719153933j:image

オックスフォード通信(103)ワールドカップ放映時間

セカイはヨーロッパ(アメリカ)を中心に回っている
イギリスはサッカーワールドカップで盛り上がっています。本日の土曜日も午後3時からモスクワからの生中継があり、スウエーデン相手に好試合が展開され、2-0でイングランドが勝利を収めました。これでイングランドはベスト4になり、ロシアとクロアチア(英語ではくろあしあと発音しています)の勝者とSemi-finalを戦うことになります。

BBCをはじめ硬派のThe Guardianもイングランド一色で何十年ぶりのベスト4を国中(と言ってもスコットランドやウエールズが応援しているかは定かではありませんが)で盛り上がっているようです。イギリスにたまたま在住している私も、ジャパンのようなクリーンなフェアプレイに徹するイングランドをつい応援してしまっているのですが、何かがおかしいように思います。

私はこのサッカーワールドカップ、史上際長時間と言っていいくらいTV(BBCまたはiTVチャンネル)で観ています。ある時は University Clubで、ある時は Pubで、そしてその他は自宅のTVで。

そう、見ることができる時間帯なのです。午後3時または午後7時から(すいません、昼間から見ています)。じゃあ、日韓共同開催だった2002年のW杯の時はどうだったかというと、私の関心が薄かったからかもしれませんが(通信94参照)見ることが難しい時間帯(午前中など)に設定してあったように記憶しています。

世の中は欧米を中心に回っているのです。

W杯がアジアで開催されようがロシアで開催されようが欧米のお茶の間(またはPubの時間)に合うように設定してあるのではないでしょうか。

ライブで見るとドキドキします(本日はウインブルドンの3回戦で錦織圭の試合もライブで放映していました)。録画とかハイライトで見るのとでは雲泥の差とは申しませんが、かなり違うのは事実です。

Blackwell’sという世界最大と言われギネスブックにも載っている本屋さんがオックスフォードのシティーセンターのど真ん中にあります。そこに置いてある世界地図を見ると改めて愕然ときます。当たり前かもしれませんが、地図の中心は日本ではなくイギリスです。その東にアメリカ、西にヨーロッパの諸国が並びます。日本はというとFar East = 極東、本当の地図の端っこにあるのです。ガリレオガリレイが地動説を唱える以前は、地球は球形ではなくテーブルのような四角形であると信じられていた時代と比較することは適切ではないと思いますが、日本はいわば地の果ての国なのです。

いまだに政治経済は分かりませんが(おそらく)、文化の中心はイギリスや欧米であると私の半径500km以内に住んでいる人は信じていることでしょう。

遠くから私達はイギリスにやってきているのですね。このことは英語が世界共通語であると信じているイギリスやアメリカの人達のメンタリティーと似たところがあると思います。

だからこそ、古くて、非効率なシステム(例えば交通機関)や生活風習(例えばトイレ)も自分達のものが一番だと思い込んでいるのかしら、というと飛躍しすぎなんでしょうね。

3年前 の年末 (2015-2016) にニュージーランドを旅した際に、地図の中心が南半球のニュージーランドで北半球が地図の下にあったことを思い出します。

John Lennon が歌ったように(Imagine)、上も下も中心もないから丸い地球なのだと思います。

国をベースにしたブログを書いていること自体、考えが古いのかもしれません。国境も国もないという発想に立たなければ、いつまでも中心の取合いがつづくことなんでしょう。

(2018.7.8)

★今回の教訓:国際化と言われる時代になればなるほど、地域性や国民性が強調されるのは逆説的なことだ。だが自分の心を覗いて見ると必死でW杯で日本やウインブルドンの錦織を応援している自分がいる。グローバル化、民族性、言語、文化、アイデンティティ、難しいが根っこは同じだと思う。
f:id:wakazemi:20180707132320j:image

オックスフォード通信(100)Oxford University が世界一の秘密(7)優れた研究ツール

大学内で開かれたワークショップに参加してきました。

今回は質問紙などの調査をインターネットでリサーチ用に実施するためのインターネットベースのソフトウエアです。

今回の在外研究の裏(サブ)目的は世界一と言われるオックスフォード大の秘密を探ることにありますが、本日のワークショップに参加して、またなるほどと納得しました。ケチケチしないで研究ツールを無料で豊富に用意し、そのためのワークショップも提供するというもの。

SPSSまでは同志社女子大学でも無料で利用できるのですが、オックスフォード大ではそれに加えて質的研究ツールのNvivoも大学関係者(IDを持っている人=学部生、大学院生、教員、研究員 [=私はこれに当てはまります]、職員)なら誰でも利用できるのがすごいところです(但し、1年毎の更新)。

質問紙作成には、Google Docも使いやすく有効ですが、特にセキュリティーやアカデミックで利用する際には十分とは言えません。

1時間でのワークショップで全てマスターできるわけではありませんが、概要が分かり使ってみようという気になって来ます。

みなさんのお手元に「質問紙調査のお願い」というメールが届いたら(このブログでも告知・お願いをするかもしれません)その節は是非どうぞよろしくお願いします。

データベースや(通信28参照)研究環境を整えること、それは当たり前のことのように思えるかもしれませんが、なかなかできないことです。逆にいうならそのような研究環境がない状態で研究を増やせ、という方が無理なことなのかもしれません。口幅ったい言い方ですが・・・(やめます・・・この続きはご想像にお任せします)

オックスフォードに到着してから本日で丁度100日目この通信も100回に達しました。続けられるところまで続けようと思って始めたものですが、みなさんからコメントも頂いたりして(勝手に結構たくさんの皆さんに読んで頂いていると妄想しています)励まされたのが続けることができた理由の一つだと思います。ありがとうございます。

不思議なものですが、書きたいことは最初に決めて書くのですが、書きながら新たな発見があります。アウトプットの重要性を自分自身でも実感するところです。イギリスでの在外研究も1/3が終了。何か成果になるものを創り上げたいと思うのですが、このブログもささやかながら今回イギリスに来ることを契機に始められたもので、自分の考えの移り変わりを見てとれるのが面白いと思っています。完成してから(え、365日書くつもり?)先に述べた、Nvivo などの質的データ分析ツールで分析してみるのも面白いと思います。

このはてなブログはとてもいいのですが、一点、自分のブログ内で検索できないのが問題だと思っています。現在、少しずつWordPress利用のブログに移行していますので(そちらの方が見やすいかも)、よかったらそちらでもご覧ください。事の顛末:自身のHPが大学から追い出されたのを機会にNTT Biz ウエッブ&メールエコノミーに加入しました (http://wakamoto.orgというドメイン名も取得)。正確には大学が教員用のHPサーバーを、HPを開設している教員が少数であるからという理由から廃止したためです。その際会議でも反対意見を述べたのですが、HPを自分で作っていない人にどれだけその重要性を言っても無駄ですね。でもピンチがチャンス。月々1500円でサーバーを利用させて頂いています。2012年のことですのでもう6年になります。HPだけでなく今後はそのブログも活用したいと思っています。

(2018.7.5)

★今回の教訓:時間を有効に使うとは役に立つことに時間を使うこと。こうなったらどうしようと心配しても何も産み出さない。行動あるのみ、という人もいるが言っていることは同じ。考えて役に立つことだけに絞って考え、それ以外は行動しながら考えるといい。Your time is limited. これは私のような外国で研究生活を送っている人だけでなく、大学生を始めすべての人に当てはまることだろう。
f:id:wakazemi:20180704121033j:image

オックスフォード通信(92)Hillary Clinton in Oxford

前国務長官でトランプとアメリカ大統領選挙を争ったヒラリー・クリントンさんの講演会がオックスフォード大学で開催されました。

といっても、チケット(無料)は瞬間的に売り切れとなってしまったのでFacebookを通しての生中継(午後5時半から)を見ました。

若者に期待している、民主主義の未来に期待している、女性の権利(Women’s rights are human’s rights and human’s rights are women’s rights) 、この3つのことについて約1時間の話でした。分かりやすい言葉を選び、プロクターがあったにせよ、聴衆とアイコンタクトを取りながらのいい講演だったように思います。

特に、時間はかかるが人類が進歩するにはデモクラシーは最も優れた方法であるという点には大いに納得をしました。トップダウンで物事が決まることが大学でも最近は多くなってきました。その割にはその決定過程が明確でなかったりその方針に首をかしげるものが多かったり、結果責任をそのトップダウンを決定した人達が潔く引き受けることもないのが現状です。現在のトップダウンは途中プロセスをすっとぱした単なる手抜き民主主義だと思います。ヒラリーさんの講演を通して、もう一度民主主義の手順を考えてみなければと思えたのはよかったと思いました。特に、民主主義的の結果、決定した結果責任、検証について考える必要があると思います。

ところで、昨日(火曜日)に参加したPhisiology 学部(生理学)のセミナーで「自信と意思決定の関係」という講演がありました。数式の部分は良く分かりませんでしたが「自信を持って間違えた場合と、自信がなくて成功した場合」から人は多くを学ぶという結論にはとても興味を覚えました。逆にいうと「自信がなくて失敗した場合」(及び自信があって成功した場合)からは人は学ばないということです。

民主主義ではこの自信がない場合の意思決定が大きいのではないでしょうか。特に、自信が無くて失敗する場合が。この場合の責任は誰が取るのですか?というと自分は自信が無くて意思決定に参加しているわけですから、実は個人的には反対だったけど多数決でそう決まってしまった、自分の意見は正しかったわけだから責任を感じたり、そこから学ぶことは少なくなってしまうと思います。戦争責任がその典型的な例です。個人的に戦争に賛成する人は(ほとんど)いるわけがないので、みんながそう決めてしまったから仕方ない、私には責任はない、よってそこから反省もなく、次に生かすことはできなくなります。トップダウン方式のエセ民主主義の場合にはトップダウンした本人は自信満々で望んでいるわけですから、本来は痛切な反省や責任を感じるはずですが、その部分だけ「みんな」に責任転嫁してしまう。皆んなが賛成したのだからと。

演説に戻ると、正直なところ、ヒラリーさんの美しい言葉とは裏腹に何か違和感を感じたのは私だけだったでしょうか。それは決してヒラリーさんが大統領選挙に敗北した敗者の遠吠えだったからというわけではなく、自分は引退するけど若者は頑張ってねといっているように聞こえたからでもなく、恐らく大統領選挙中にも投票権を持つアメリカ国民が感じたであろう違和感です。

言行不一致という言葉で表してしまうと少し違うようにも思えますが、ヒラリーさんの言う民主主義はあなたの又はあなたが重要だと思う人達にとっての民主主義であって、そこに含まれていない人達は見捨てられているのではないか、と言う危惧です。確かにマイノリティーや女性の権利を述べていますが、その一方で「正義」のためであれば他国にミサイルを打ち込んでも仕方ないと思っているのではないかと言うことです。簡単に言うと民主主義のためなら沖縄のオスプレイが墜落しても「仕方ない」と思っているのではないかという危惧です。

彼女の言葉通りに民主主義のために若者が立ち上がり、世界の平和のために尽力するのはいいことですが、ヒラリーさんの正義のために尽力するのとは少し違うな、と思うのです。事実、1%の人達が99%の富を独占していることに反対運動を起こした若者はヒラリーさんを支持しませんでした。逆説的ですが、とても民主主義とは縁遠く見えるトランプの方が世界平和に貢献しているように見えます(例えば最近の米朝会談)。そう考えるとヒラリーさんの考える民主主義って本来の民主主義とは異なるものなのではないか、とも思えるのです。

いい演説だったと思いました。でも、生の話ってここに述べたような微妙な違和感を伝えてくれるので面白いです。質問を受けることもなく、演説が終わってそそくさと帰っていかれた姿勢にもそれは現れているように思えました。

念のために、私はヒラリーさんは嫌いではありません。

(2018.6.27)

★今回の教訓:今こそデモクラシーを、デモクラシーについて議論しようというヒラリーさんの訴えは逆説的だが正しい。その結果、アメリカのデモクラシーとは異なるデモクラシーの結論になろうとも。
f:id:wakazemi:20180629190054p:image

オックスフォード通信(85)すいませんでした

日本の地震のことはイギリスでもニュースで取り上げられています。

大阪が地震の中心であったことは衝撃ですし、私の勤務校は京都、自宅は亀岡なのでこちらにいてもお見舞いのメールをいただいています。自宅も研究室も外からは被害のないような状況です。温かいお心遣いに感謝申し上げます。

このようなニュースを聞いて、英語では、I am sorry for that.” ということになるでしょう。ところで、昨日会った日本が大好きで日本語を勉強しているという33歳のイギリス人女性は私に日本語で「それはすみませんでした」とお見舞いの言葉を言ってくれました。

その気持ちはうれしかったのですが、同時に英語を母語とする人が日本語を勉強するのも大変なんだなと思いました。きっと彼女は頭の中で I am sorry とまず思い浮かべ、その次にそれを英語→日本語に翻訳して私に言ったのだと思います。

よく私達が言う英語が自然ではないと言いますが、外国語で自然なことなんてあるのだろうか、と思います。特に、英語をグローバル・リンガフランカとして使うときには母語とする人達はそこは目をつぶることが必要だと思います。

PS. 今日はオックスフォード大学で名誉学位の授与式が行われていました。Encaenia(ギリシア語)と呼称されています。”a festival for renewal” という意味だそうです。映画監督の Martin Scorsese (The wold of wall streetなど)ら7名の方が名誉博士号を授与されていました。式典に参加した教授陣でしょうか、街中にアカデミックガウンを着た方々をほうぼうで見かけました。

(2018.6.20)

★今回の教訓:もう一つの言葉の使い方で悩んでいるのは日本人だけではない。
f:id:wakazemi:20180620173810j:image

オックスフォード通信(79)ビアトリクス・ポターの世界

K先生にお誘いいただき湖水地方に来ています。

ピーターラビットで有名なThe Lake District ですが、オックスフォードに来てから知り合いになった東京のD大学のK先生の車に同乗させていただいています。オックスフォード→バーミンガム→マンチェスター→(リバプール)→ランカスターと快適な車の旅(途中2回サービスエリアで休憩)、そして Near Sawrey に到着しました。

K先生はピーターラビットについて日本で多くの本を執筆されたり(何冊も本をいただきました)、展覧会の監修をなさるなどピーターラビットの権威です。にも関わらず物腰も話し方も丁寧で優しく、ピータラビットの本に出て来るNationa Trust Hill Top を中心に案内をしていただきました。

湖水地方については同志社女子大学名誉教授のS先生からイギリスに行ったら必ず行くように厳命されていたのですが、こんなに早くしかも一年で一番イギリスが美しいという季節に訪れることができて幸運に思っています。特に、普通なら通り過ぎてしまうところもK先生の学識溢れる明快な説明で Beatrix Potter の世界に浸ることができました。ありがとうございます。

いくつが発見があるのですが、一番驚いたのが Potter のものを見る力です。生誕150年が2年前ということですから江戸時代末期から明治時代のことです。その時代に生きていた人たちが同じ風景を見ていたのになぜ彼女だけに、ウサギの物語が聞こえてきたのでしょう。不思議です。Hill TopのBeatrix の家の展示にも書いてありましたがそれはPotter が豊かな自然の中に美しい物語を見つける「見る力」を持っていたからだと思います。なぜ彼女だけにできたのか。

恐らく、誰もがそう思っていたのだと思いますが(自然は美しい、そこに生きる動物にも躍動感が溢れていると)、それを彼女の中にある何かとうまくつなげたのだと思います。それは絵が上手かったとか、そもそもそれだけの生活の余裕があったとか、いえるかもしれませんが、月並みな言葉で言えばそれが天分だったといえるのでしょうが、私はなぜか彼女が毎日を生き生きと生きようとしていた気持ちだったのではないかと思います。時代が時代でインターネットも何もない時代ですが、Beatrixが大事にしていたというい庭を見た時に、なぜか彼女の楽天的な気持ちが伝わってくるような気がしました。おそらくK先生という最高の先達がいなければそんなことにも思いも寄らなかったと思うのですが、自然の中に美しいものを見つける力は人生に対する明るい気持ちを持っていなければ(その相乗効果もあると思いますが)生まれなかったのではないかと思います。

夢を見つけ、物語に紡いだこと、それはプリンスエドワード島で見た Montgomery のAnne of Green Gables に出て来る輝く湖や恋人の小径にも通じるものがあるように思いました。

これだけ多くの人が繰り返し訪れるところに普遍的価値を感じずにはいられません。

PS. 今日は日本にいる子供達の誕生日です。Happy Birthday!

(2018.6.14)

★今回の教訓:一見平凡なものに価値を見出すことができる人がいるのはなぜだろう。ポターだけではないはずだ。
f:id:wakazemi:20180614154839j:image

オックスフォード通信(68)London Bridge terror attack

日本ではあまり報道されていないと思いますが本日はロンドンブリッジテロから1年の追悼行事が行われていました。1週間前にはマンチェスターのコンサートでのテロの追悼行事でした。

BBCクラッシックは日曜日ですが重々しい曲ばかりかけていました。いつまでこのようなテロが繰り広げられるのでしょう。亡くなった人達は追悼行事を行っても返ってくることはありません。でも追悼行事をTVで見ていて生きることの意味を再確認できることがあります。

日本とイギリスでの追悼の仕方は少し異なるように思います。本日の追悼は1分間の黙祷といった日本と同様の形式でしたがマンチェスターは2時間のコンサート。しかも午後9時でお開きですよ、というカラッととしたもののように思いました。多くの若い世代が驚くほど参加していたのも印象的です。

どちらがいいのでしょう。でも不当な事件・事象で命を亡くしてしまった人達を心から悼むことはなくしてはいけないと思います。

日本でもテロではありませんが、JR福知山線脱線事故でなくなった特に大学生を忘れることはできません。

ある新聞記事に命を大切にするとは、毎日を精一杯生きることだ、というものがありました。オックスフォードという素晴らしいアカデミックな世界にて、時間とチャンスを大切にしたいと、改めて思いました。

同時に、日本で暮らすみなさんにも同じメッセージを送りたいと思います。日本は文化的にも歴史的にも素晴らしい環境にあります。でも一人一人が少し考え方を変えるだけで日本はもっといい社会になると思います。

青いよ、といわれそうなことを今日の日曜日論文の改定作業をしながら考えていました。

Never miss an opportunity to be fabulous!

(2018.6.3)

★今回の教訓:ひとりひとりの生きがいを広げることはそれほど難しいことではないかもしれない。Johen Lennonのように限界を設けないで想像すれば。
f:id:wakazemi:20180603192403j:image

オックスフォード通信(67)プライドパレード

本日、6/2 はプライドパレード日です

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、北米やイギリスでは、この時期によく行われています。

プライドパレードのシンボルはオレンジの旗です。今日は控えめですがこの旗を見かけることができます。日本でも最近ではLGBT (Lesbian, gay, bisexual and transgender) として知られることが多くなってきました。昨年の事です。本学の学生の方が研究室を訪問して頂き、ゼミメンバーではないのですが、LGBT について話を聞いてくださいと申し出がありました。彼女自身Lesbianで日本ではまだ市民権が得られていないのではないか、女子大学こそこのようなLGBTについて議論を深めるべきではないか、できれば一度講演会の様な形で一般学生の認識を深めることができないか、というご相談でした。100%その通りだと思いました。

女子大学の存在意義が問われることがありますが、一言でいうならば、マイノリティーとして不当な扱いを受けている人達に光を当てるところにこそその意味があると思っています。

本日のパレード(自体は見れなかったのですが)散会した後の人々を見ながら、みんな明るいな、と思いました。高温多湿の日本とは異なり、カラッと明るくプライドパレードに参加するのはいいなあと思いました。単なる感想ですが、オックスフォードでは女性同士の参加の方が男性同士の参加より多い様に思いました(トロントは逆でした)。

国や社会としてもこのプライドパレードを当たり前のように受けて入れているところにもイギリスとしての社会の成熟度を見た気がします。

社会からマイノリティーという存在自体がなくなるように努力したいものです。マジョリティーと思っている人達も早晩この社会からいなくなるのですから。それまでに良い社会を作りたいものです。

(2018.6.2)

★今回の教訓:マイノリティーと言われる人たちをサポートすることは全ての人をサポートすることになるのでは。
f:id:wakazemi:20180602170549j:image

オックスフォード通信(66)就活面接解禁日

日本は本日が正式な就職活動の解禁日

若ゼミメンバーは教職第一希望組、オーストラリア日本人教師第一希望組と一般企業就職希望組の3パターンに分かれています。今年は例年以上に内定の出だしはいいようですが、(毎年思うことはありますが)就職は結婚、進学と合わせて人生を左右する大きな節目ではありますが自分だけでままならない大きなヤマであると思います。

多くの大学生は早く決まればいいと思っているようですがそれほど単純でもないように思います。よく内定をいくつ持っているとか自慢をする大学生もいるようですが、いくつ内定を持っていても、どれだけ早く決まっても「働く会社は1つで、働き始める時期も(航空系のフライイングを除けば)来春」です。

誤解のよくあるパターンは就活がスムーズに進んだため自分の能力を過信するケースです。このタイプの大学生は来春仕事を始めて少しうまくいかないと、私がしたいのはこのような仕事ではない、この仕事は向いていないとすぐに転職を考えます。転職でも次が決まってから辞めるのならまだいいですが、辞めてから考える場合大抵元の会社よりもいいところは見つかりません。よく考えると、わかるのですが、最初から仕事がスムーズにいくことなんてどの仕事でも無いと思います。

私は20代は公立中学校の英語の教員をしていましたが、ようやく自分の仕事にやりがいを感じるようになったのは最初の卒業生を送り出した26歳頃です。それまでは何をやっても上手くいかずまさに暗中模索の状態でした。これは私だけかというと誰もがそうであったと思います。つくづく仕事との関係は一筋縄ではいかないものだと思います。

昨日参加したセミナーはたまたま職業とスキルの関係について論じるものでした。イギリスでも 高いスキルや高学歴があっても low wage work(低賃金) しか回ってこないことが問題になっているようです。じゃあ、どのようにしてスキルアップを図らせるかという点ですが、残念ながら学校を卒業した後には政府の予算や計画が乏しいため難しいのが現状のようです。

今、大学生で就活がうまく行っていないと思う人にはいくつかの作戦(Playbook)があります。

1. キャリアサポートセンター(キャリア支援部)に相談に行く
相談しても特段就職先を紹介してくれるわけでもないし、と思うかもしれませんが、誰かに相談できることだけで問題の半分は解決していると思います。自分に問題があるとしたら何なのか少し頭を冷やして考える事ができます。

2. 自分を過大評価しない
自分に自信を持つことは重要ですが過大評価はいけません。人と話すことによってその傾向を知る事ができます。

3. 自分を過少評価しない
どうせ私は・・・だからと自分を卑下して開ける道はありません。現在大学生であればここまで積み重ねたきたことは少なくありません。主観的に自分を見てはいけません。

4. 自己紹介を工夫する
就活で重要なのは結局、自己紹介と志望動機、この2つです。ここを少しストーリー性のあるものを加えることでぐんと話に説得力が増します。その際、自分の経験を過小評価しないようにしながら上手く自分をプレぜテーションすることです。

5. エントリーシートの工夫
みなさん工夫をしておられると思いますが、自己紹介が単調にならないように2つの少し違うコンセプトを含めてみるといいと思います。例えば、意志の強さとコミュニケーション能力、柔軟性とビジョン、辛い経験と友人との出会い、など一見関係のないようなコンセプトで自分をまとめてみることで相乗効果を生む事ができるだけでなく、読者である就職担当者の予想を裏切る効果があります。もちろん、面接前にリハーサル、一度言おうとしていることを時間を計って練習してみること。このひと手間をかけるかどうかの差は大きいです。

6. 少し厚かましく先生に頼む
教員は忙しくしていますが、エントリーシートを見て欲しいと頼まれて断る先生はそれほどいません(皆無ではないです)。ただ先生に頼む勇気があるかどうかの問題です。聖書にあるように「求めなければ与えられません」推薦状も然りです。大学の教員自身、そこに至るまで、大学院の推薦状、就職する際の推薦状と沢山の恩師にお世話になっています。どの先生も今後は Pay it forward の順番だと思っていますよ。

7. 協働性
一人で就活に悩まないで誰かと共同戦線を組むことです。その友達が先に就職が決まってしまうかもしれませんが、そうなればなったで返って好都合です。相談にしっかりとのってもらいましょう。誰かと一緒に作業に取り組むと効率も上がるし意欲も上がります。仮に同じ業界を目指していてもライバルにはなりません。7年前にA航空会社を目指している人がたまたま二人ゼミ内にいましたが二人は協力をしてエントリーシートから面接練習まで一緒にやっていました。偶然にも就活の集団面接まで同じグループだったそうですが(さすがに言うことが重なってしまい困ったと言っていました)、見事二人とも合格しました。おそらく別々に準備していたら二人とも合格しなかったかもしれません。

8. あなたを待っている仕事がある
これは研究にも当てはまる事ですが、就職できるかどうかと if (もし)で考えるのは得策ではありません。それよりももう既に自分の仕事は決まっていてその仕事に出会うために就活をしていると考える方がより合理的です(岸見一郎先生が紹介されているアドラー心理学の考え方ですね)。事実、みなさんの仕事は必然的に決まっていると思います。人によって長さは異なるかもしれませんが、就職活動を通してその未来の仕事に出会うのだと思います。就活を断念しない限りその未来の仕事に出会う事ができるのです。

9. 人に信頼されるよう心がける
私の敬愛する大阪の中学校のN校長先生が言っておられたことですが、人が話したくなるのは信頼される人だ、ということです。確かにそうです。みんなが尊敬するその人と話をして見たくなるのは自然なことです。そのためにも人に信頼されるように人がしたいと思わないような作業や仕事を率先してすることです。その縁の下の力持ちの積み重ねが信頼をあなたに与えることでしょう。

10. 自分のプレイブック(Playbook、作戦)を持つこと
人生の三大選択は自分の思いのままにはなりませんが、自然の成り行きでも良くありません。プレイブック(作戦)を持った就活とない就活では結果に差が出ます。コントロールできないけれど、コントロールできないことをしようとする所が重要なのではないでしょうか?作戦があれば次への作戦の修正ができます。

私自身の就活は1982-3年ですのでもう35年も前のことになります。旅行業界と教員の二本立てで間に教育実習(当時は2週間)も入っていて忙しい毎日だったことを懐かしく思い出します。インターネットもエントリーシートもない時代で最初から面接ということも多かったです。名曲アルバムという番組が好きだからN放送、ウオークマンを愛用していたのでSニー、愛飲していたウヰスキーメイカーのSトリーと今から考えるととても人にアドバイスできるようなほめられたような志望動機ではありませんでしたが、無意識的に上にあげた項目を実行していたように思います。

人は楽観的になることができれば自然と成功する条件が備わっていると思います。今、就活に苦労しているみなさんも必ずすばらしい人生が待っていると信じて毎日、手を抜かないように前向きに行動していただきたいと思います。

(2018.6.1)

★今回の教訓:私も来年には一般的には定年の年。仕事とのお付き合いにも限りがあることを肝に銘じたい。
f:id:wakazemi:20180527114132j:image

映画『Super 8』

Super 8 は、やはりスピルバーグの映画だ。宇宙人を描いているようで、父と息子、父と娘の絆を描く。ETの時のように、友好的でないけれど、心は通じ合う。人も宇宙人もつながりや家族を思いやる気持ちでは同じなのだ。ハッピーエンドなんだけれど、苦味も混じった笑顔にしてくれるのが、普通のハリウッド映画と異なるところだ。

“Bad things happen, but you can live. “は、この映画だけでなく、スピルバーグの思想なのだろう。といって、説教臭くなく、説得力がある。人でも、映画でも、本でも同じだな。

最後のエンドロールまでも楽しませてくれる。映画の醍醐味満載のこれこそよきハリウッド映画だ。音楽もいい選曲だ。まさか、この曲を?と思うものを使っている。

スピルバーグを見る度に、アメリカ自体は碌でもない国だが、「いい思想が、ナイスガイがいる」と思わせてくれる。

PS.小太りの子どもは、どうしておもしろいのだろう。いつも登場するが、子どもを描く際に必須だ。

PS. ちなみに、Super8とは、コダックの8ミリ映写機。映画の中で、映画が撮られているという二重構造になっている。

PS. 列車の爆発シーンは、迫力がある。また、奇妙なルービックキューブは、いい謎として最後まで、聴衆へのいい握力になっている。

(2011. 8. 1)

Pay it back or Pay it forward

私がコンピューターと出会ったのは、(もちろんかなり昔から知ってはいたが)そんなに昔のことではない。今からほ んの4年前のことである。以前まで使っていた東芝のルポというワープロとの差も分からないまま、まわりの友人の1人が買ったので何となく欲しくなったとい うのが実状だが、奥様に頭を下げ下げ、なんとか買ってもらった。頭を下げて買ってもらうという姿勢はその後、コンピューターを買う度に繰り広げられる光景 となり、回を重ねるごとに周到な用意が必要となっている。さて、当時初めて32ビットになったというのがうたい文句のNECのノートパソコンを手にしたの だが、今のようなウンドウズであるわけもなく、一太郎が動き出すまで大変な時間と友人の協力を要した。(ここがDOSマシンの悪いところである)。しか し、いったん動き出すとなかなかおもしろいものでその範囲内だけだが、かなり使いこなせるようになった(と思っている。)そうなると、ワープロを使ってい る友人がもどかしく思えるもので、私の悪い癖だが、友人という友人に「NECのパソコンはすばらしい、やっぱりパソコンを買うならNEC」などとNECの 宣伝をして回っていた。その後NECとの甘い蜜月はしばらく、続いたのだが、運の悪いことにというか良いことというべきか、当時私の隣に住んでいた住人が マックを購入し、ハイパーカードを使って学校で使えるようなソフトの開発の研究をしていた。当時のマックは今からは想像できないくらい高価で、・ciとい うマシンを彼は使っていたが100万円を軽く越していた。はじめはそんな彼を大いにバカにしていたのだが、2つ以上のソフトを同時に動かせるという点(今 ではどのマシンでも出来ますが)は驚きだった。そして何よりもソフトのインストールの方法やアイコンによる表示などマックのUser-friendlyな 点には惹かれるものがあった。根っから文科系の私にとっては大きな魅力であった。恋愛と同じでいったん心が動いてしまうと、止められないのが人の情。 NECを買ってちょうど1年半、私はマックに乗り換えようと決意した。そして、入念な計画にはいった。もちろん奥様の説得である。今にして思えば、オウム 真理教と同じ手口だったのかもしれないが、(教祖が「修行するぞ、修行するぞ、….」というビデオがありましたね)、約6カ月間ことあるごとに「マッ クがどうしても必要だ、買ってくれ、買うぞ」といい続けた。洗脳の効果があらわれた、いや相手があきらめたのがちょうど12月のボーナスの時期だった。当 時CD-ROM付きの画期的とうたわれたMac ・vxがちょうど発売になったところだった。それまで、ほんの少しずつバージョンアップしては新製品を出して購買意欲を掻き立てるというNECの姿勢に比 べ、満を持して決定版しかも他に何も買い足さなくてもよいというアップルコンピューターの姿勢を信じていた私はこれだ!と思った(アップルおまえもか!と 叫ぶのはほんの2カ月先だったが)。今にして思うと60万円というのは信じられないくらい高いが、隣の住人からすると倍速CD-ROMがついてその値段は 信じられないといっていた。

さ てその日からマックとの甘い生活が始まった。こんな風に書くとちまたにいる『マックおたく』みたいだが、私がマックをまがいなりにも使いこなせるように なったのはNECの場合同様、いやそれ以上本当に多くの人の無償の指導援助のたまものである。特に隣の住人であったN氏は私の生みの親・育ての親といって よい。コンピューターではちょっとしたことが実は重大なことであったりして、コンピューターが動かなくなったりする。しかもそんな簡単なことはマニュアル に書いてない! 彼にはそのような細々したことを実に頻繁に尋ねた。ある時などは32ビットアドレススイッチをめぐって朝の4時までつきあってもらったこ とがある。しかし驚いたのは彼がイヤな顔ひとつせず嬉々として教えてくれる事だった。もちろん彼自身マックが好きだったこともあると思うが、懐の深さを感 じされられた。

コンピューターをはじめて買った人はたぶん必ずマニュ アルを読むとか市販されているコンピューター関係書を買い込んだりするが、私はそれは大きな間違いだと思っている。時間がコンピューターのためだけにある のなら別であるがそうでない場合がほとんどであるから、はっきりいって時間の浪費に終わることが多い。学習の形態にも様々あるがことコンピューターに関し て言えば、「Problem solving=問題解決型」のアプローチがベストだと信じている。つまり、私はこれをしたい!手順を教えて欲しい。これである。私は絵を描きたい!どの ソフトを買って、どう使ったらよいか?表計算で合計!どうやったら簡単にできるか?教えて欲しい。…. しかし、難点はいい先生を身近に見つけるこ と、そして日本人には特有の負い目である。つまり、すごくお世話になっている、いつも教えてもらって悪いなという気持ち、これはなかなかぬぐい去ることが 出来ない。

私 もそのような負い目をずっと持ち続けてきたが、この大学にきて少し考え方が変わったところがある。相変わらず、今度はパソコン通信の仕方などを多くの先生 や職員の方々に聞き回っていたが、特にS先生、K先生には手とり足とりと言ってていいほど時間をさいてもらって教えてもらった。おかげで私のしたいことは 100%できるようになったが、なんとお礼をいったらいいのだろうと思っていたとき、お二人から(別々に)たまたま同じ言葉をお聞きした。それ は、”Don’t pay back. Pay it forward.”「私に何かお礼をしたり返さなくてもいい(それはもちろん教えていただいた先生より知識があるわけでもないからしようと思ってもできな い)。誰か違う人に今度は教えてあげなさい。」そんな意味だと思う。この言葉に非常に感銘を受けるとともに、あつかましく今までいろんな人にお世話になっ てきた負い目がなくなるような気がした。これはコンピューターに関わっていくとき実に大切な姿勢だと思う。その言葉を耳にしてからは、私の教えられる事に 関しては、求められればどんどん助言させていただこうという気持ちになった。

しかし考えてみればコンピューターという機械を通してそのような人間のつながりが出来てくるは奇妙でもあるが、ホッとする。今後もマックを使いながらパソ コンネットも含め様々な人たちとかかわり合いになれればいいと思っている。そして、願わくば妻を説得し末には新しいパワーマックが購入できることも…

と ころで、この大学に来てLLの操作方法などで本当にお世話になったA氏が今度の人事異動で他の部署に移られると聞いた。仕事とはいえ、それ以上の熱意と誠 実な姿勢で教えていただいたA氏に何もお礼が出来ないのは申し訳ないが、この原稿が彼の依頼であったことを考えるとコンピューターについて書くことが何ら かの形でpay backいやpay it forwardになればと願っている。

(短期大学部講師 わかもと・なつみ)

DOS&DOS 情報システム課 1994に掲載

(1994)