オックスフォード通信(63)I have been waiting!

私の住むサマータウンは土日になるとマーケットが並びます。

映画ファンの方なら『ノッティングヒル』を思い出していただけるといいと思います。なかなかの良いものでアイスクリームから焼きたてのパン、蜂蜜、コーヒー、サンドイッチ、植物といろいろな屋台がでます(東寺の弘法さんにあるような古着や洋服の店がないのは意外です)。

今週はイギリスは土日に加えてバンクホリデー(通信2参照)で三連休でした(銀行がお休みという意味で分かりやすいからでしょうか、イギリスの祝日は大半がこの名前がついています、手抜きのような気もします)。天気もいいので土曜日の午前中そのマーケットをぶらぶらしていました。

実はその1週間前にはそのマーケットでイギリスにしては珍しく香り高いコーヒーを売っているスタンドがあったので買っていました(残念ながら自宅に戻るとその香りはなぜか消え失せていました。その場で豆から挽いて貰っていたのですが)。

さて、オーガニックの野菜のスタンドで美味しそうなグリーンアスパラガスを£5(=750円)で売っていたので一掴み買おうと思いました。これください、と声を掛けたところ、冒頭の

“I have been waiting!”

と横のご婦人から高らかにしかも怒りを込めて言われてしまったのです。見事な現在完了進行形の使い方です。日本で英語を教える際、このようなコンテクストで教えると身につくかもしれません。

横に立っておられるのは気づいていたのですが順番を待っているとは知りませんでした。そんな時にとっさに何か言えるといいですね。Oh, sorry! としか口から出てきませんでした。

以前、ロンドン行きの電車の中で携帯で大きな声で話している女性に静かにするように注意しておられた御婦人がおられたことを思い出しました。このイギリスは理不尽だと思ったことははっきりと口に出して言うのですね。このマーケットの例でも、日本であれば口に出して言わないことの方が多いのではないでしょうか?

びっくりしたというよりは健全な姿を見て少し嬉しくなりました。久しく、このような社会的な文脈で他人に注意をしたり、自分の立場をきちんと正々堂々と述べることがこの国の正義なのだなと思いました。ただ、どちらかというとイギリスでは首相がメイさんであることも影響しているのか、しゃんとしているのは圧倒的に女性であるように思います。オーラと迫力があります。

日本人は礼儀正しいと言われますが、イギリス人は礼儀正しくかつ自己主張はきちんとする、と言えるのかもしれないですね。そんなことを考えていると日本にいる私の同僚の姿が思い浮かんできました。彼は必ずしもこの通りではないけれど、この礼儀正しさと自己主張の分量、バランスが重要なのかもしれません。

日本人も礼儀正しいだけでなく、そのベースの上に自己主張をもう少し分量として増やしてみるといいのでしょうね。

関係ないですが、イギリスの野菜は美味しいです。マーケットで買い求めたアスパラもそうですが、Leek(日本のネギに近い)もいい味です。(2018.5.29)

★今回の教訓:うまく自己主張する方法を身につけると良いかもしれない。それも日本人のスタイルでやって見たい。仕事、特に会議で活用できそうだ。
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オックスフォード通信(61)勝つときもあれば負けるときもある


サッカー・ヨーロッパ選手権ファイナル
を昨夜見ました。サッカーよりもラグビーの方が好きなタチですので、それほど熱狂的ではないのですが、何しろリバブールファンの熱気がオックスフォードにいてもすごいので生放送で観戦させていただきました。

イギリスではスポーツ中継は大手3チャンネルに絞られています。ひとつは言わずもがなのBBCです。でも案外、BBCでビッグイベントを中継することはそれほど多くなく、いわゆる民放のBTとSKYが交互に独占中継をしている感じです(スポーツ中継ではありませんが、先日のロイヤルウエディング・ハリー王子はスカイとBBCが同じ画像で[アナウンスは別]放映していました)。

昨日の中継はBTが独占という形でした。

イギリスの我が家ではインターネット契約がスカイという関係でテレビもスカイです(正式にには5/29からスカイテレビが観れるのですが、それまでということでiPadでも見えるようになっています。申込から設営まで3週間!という信じられない長さです。私もメールの返事やアクションがいわばイギリス風になっていたのでこれを機に改めようと決意しています)。すると普通に行けばスカイの私はBT中継を見ることができないということになります。

ところが、このリバプール対レアルマドリードの一戦はいわばイギリスを挙げての一大イベントなんですね。恐らくイギリスでBTとスカイの両方に加入している家庭はそれほど多くないと思います(正確にには最近では例えばスカイの加入者でもBTの中継を[逆もあり]追加料金ゼロで見ることができるようになっています。ただし、追加の申込が必要)。暴動が起きるでしょうね。

ということで昨日はBTの無料アプリまたはYoutubeで誰でも(インターネットに接続していればですが)生中継を見ることができる仕組みになっていました。私はWestgateで購入したSONY Braviaのリモコンに大きくYoutubeのボタンがあったので迷わずこちらを選択。

びっくりしました。

Youtubeって生中継もしているのですね。しかもテレビで見ると普通の(?)チャンネルと全く変わりありません。2時間、時々画像が止まることはあっても楽しんで見ることができました。ついで、テレビでコンピュータを介さずに見ることも覚えました(バックグラウンドミュージックなどを聞く・見る時にはとても便利です。現在もその状態で日曜日の午前中、このブログを書いています)。

さて、エールビールを買いこみ、万全の態勢でTV観戦をしたのですが、残念ながら試合は1-3で負けてしまいました。しかも、その内の2点はキーパーKariusの不注意な気の抜けた行動で取られてしまった失点だけに悔やまれます。coachのKlopも試合後の会見で、この試合で得るものは無かった、、マイナスばかりだと失望の表情を浮かべていました。

でもそのようなことってあると思います。

レアルは3連覇、かたやリバプールは恐らく初出場。会場はウクライナのキエフ。舞い上がってしまって当たり前だと思います。キーパーのHariusは自分を責めていると思いますがそんなことはしなくていいと思います。十分良い試合を見せてもらったと思います。長い競技人生の中でそのような失策もあるでしょう。必ず誰しも通らなくてはならない道なのだと思います。

印象的だったのはリバプールファンです。TVのニュースで見た範囲ですから本日の新聞は知りませんが、みんな肩を落として会場を去っていました。暴動が起きることもキーパーの名前を取り出して避難することもありませんでした。あっさりと淡々としているように思えました。このアッサリとした冷静な態度が重要だと思います。冷静であることは次へ繋がるのだと思います。

結果のみに拘泥される人がいますが、その結果もまたしばらくすると過去の栄光として忘れ去られます。河島英五のある歌の歌詞に(正確には作者は加藤登紀子)「喜びも悲しみも立ち止まりはしない、めぐりめぐっていくのさ」(「生きてりゃいいさ」)というものがあります。

生きていれば成功も失敗もある。

若いキーパー Karius にはガッカリし過ぎないで頑張って欲しいと思った一夜でした。(2018.5.27)

★今回の教訓:成功ばりではなく失敗もまた人生の糧。
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オックスフォード通信(60)働きすぎない方がいい仕事ができる

イギリスに来て60日目を迎えました。

この間、休む間もなく、いろいろなことに積極的に手や足をだしてきました。今週、共同研究者のR先生には日本での生活は忙しすぎるのではないの?と言われてしまいましたが、事実、日本と比較してイギリスでの生活は随分ゆとりを持っていろいろなことを考える時間を頂いています。

オックスフォード特有のセミナーにも数えてみると(お腹の痛くなったものも含めて)17回に及びます。我ながら日本人は勤勉であるように思います。日本で働いていることを思えば何ということはありませんが。

この間、考えたり感じたことを書き綴らせていただきましたが、もう1/6が終わろうとしていることにビックリします。イギリスはそろそろ1年のAcademic Yearが終わろうとしています。いろいろなセミナーもしめくくりという位置づけのものが多くなってきました(例、通信59の講演会)。

これまでバラバラだったものも徐々に、ああ、そういうことなのか、と繋がってきているように思います。街の位置関係、人との関係、オックスフォード大の仕組みなどやはり時間をかけないと分からないものが多くあります。

この分かることには時間がかかるということは当たりまえですが重要なことだと思います。オックスフォード大は3学期制を取っていて(1学期目が10月からのhilary term, 2学期めがmichaelmas term、そして最終3学期目がtrinity termという名前がついています)、それぞれ8週間です。年間でも3×8=24週間という計算です。現在日本の大学は執拗に15週間を維持しようとしていますが、私が同志社女子大学に勤め始めた頃から2000年くらいまでは各学期の授業回数は12回~13回でした(ちなみに私のK大学時代は、精々11回くらいの授業回数に先生の休講、学生の自主休校があって8回くらいの授業回数だったと思います)。

じゃあ、オックスフォード大の方が成果が上がっていないかというとそうでもないのですね。緩急の付け方が学問には大事だと思います。いま、私がイギリスで Sabbatical を頂いているのもそうですが、学ぶ期間と休暇の時間のバランスは重要だと思います。

先日の講演会の最大のテーマは統計学者Tukeyの “An approximate answer to the right problem is worth a good deal more than an exact answer to the wrong question“ (正しい問いへの曖昧な解答の方が間違った問いへの正確な答えよりもマシだ)という言葉で集約されるものでした。

忙しすぎると、自分が持っている問い自体が正しいかどうかを考える余裕なくその答えを出すことに精一杯になってしまいます。これほどの時間の無駄はありません。むしろ、余裕をもってまずその問い自体が適切なものかどうか吟味する必要があると思うのです。

その意味ではイギリスでは日々の中にも夜の時間の確保、土日の確保、また大学では学期中以外の沢山の時間が贅沢に用意されています。

今、自分が取り組んでいることが重要なことなのか、それを吟味するメタ認知の時間は重要であると思います。特に、大学においては。そうでなければ、大学の授業が終われば学んだはずのことはすべて忘れ去られてしまいます。それこそが最大の損失です。

日本の大学も文部科学省とか大学基準協会のような組織の顔色ばかり伺うのではなくで、本当の学問発展のために何が必要か、じっくりと考える必要があると思うのです。

そんなことを書いている私もまた日本においてはそのような余裕もなくがむしゃらにやってきたのも事実です。今、こちらでいろいろな研究に取り組む中で、自分が取り組んできたことがそれほど間違っていなかったのは奇跡的だと思っています(これは私の力ではなくて私の周りの特に同志社女子大学の同僚と学生諸姉のおかげです)。

日本に来春帰国したら、15回の授業回数は個人の力では変更できないと思いますので、学ぶ内容の精選と深層化・行動化・連携化・考える時間の確保などに取り組んでみたいと思います。

大学に学生を縛り付ければ着けるほど、期待した方向とは違った方向に進んでしまうように思います。学生の自主性を養うには学生の自由な時間を用意してあげることだと思います。学生諸姉もその時間はアルバイトに使いすぎるのではなくて、本当に自分がしたいことにあてるようにしてもらいたいと思います。

残り10ヶ月、私も更に思考を深め、広げるられるよう、一層アクティブに動いてみたいと思います。(2018.5.26)

★今回の教訓:光陰矢のごとし、と終わってから思うのではなくて、時々振り返るようにしたい。
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オックスフォード通信(57)Gender Influence

先日のセミナーはGCSEという日本でいうところの大学センター試験、正確には高校卒業時学力試験についての研究発表でした。

40 million というと4000万人のデータですので過去何年か分の全イギリスの高校生のデータ分析という膨大なプロジェクトです。Ofqual (The Office of Qualifications and Examinations Regulation) ですからセンター自体がプロジェクトの主体なのでこれだけのデータにアクセスできることには納得できます。

英語(国語ですね)、数学、理科について、modular方式(各単元終了毎に行う)とlinear方式(各コース終了時に実施)ではどちらの点数が良いかというのが発表の趣旨だったのですが、それ以上に興味深かったのがジェンダーディファレンス、すなわち男女差です。

日本ではなかなかこの男女差のデータ自体がいろいろな波紋を投げかけるという意味合いで公表されませんが、この研究発表では堂々と分析結果を公表しておられました。

一般的に、女性は言語能力に優れ、男性は数理解析能力に優れていると言われています。また、話を聞かない男、地図の読めない女、とその違いを極論する向きもあります(注:私は地図の読めない男です)。このGCSEの結果はどちらのパターンにおいても、女子が男子よりも英語と理科に優れ、男子が数学に優れているという結果でした。理科は当てはまっていない部分があるかもしれませんが、英語と数学では予測通りの結果です。

よく文化的背景が影響するとも言われますが、日本とイギリスと文化背景の異なる状況でも同様の結果が生まれるのは興味深いところです。

私は学習スタイルとして外向性と内向性に着目して研究を進めていますが、このジェンダーディファレンスも同様に興味深い点です。共通するのは後天的に変更することが基本的にできないところです(最近はtransgenderという言葉もありますが)。

変更することができないのであれば、それぞれに合った教え方・学び方があるはずだ(Best-fit teaching, learning strategies)というのが私の予見するゴールです。

いいお話を聞いたと思います。(2018.5.23)

★今回の教訓:誰もが持つ個性。その個性の正体を学習スタイルとかジェンダーという観点から検討してみると面白いものが見えてくる。私のオックスフォードの滞在も1/6が終了。Accelerate したい。
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オックスフォード通信(54)人のつながり・Peter Rabbit

オックスフォード大に客員研究員として滞在中の日本人研究者のK先生のお家にお邪魔させて頂きました。

日頃、ゼミのみなさんには connecting the dots つながりの大切さをお話してきましたが昨日はそれを絵に描いたようでした。

オックスフォードは懐が深くて私だけでなく一緒に来ている妻も充実した滞在ができるよう New Comers’ Club(日本語に訳すと新参者の会?)を毎週1回開催しています。昨日は奥さんつながりで九州の大学のK先生の奥様Fさんがおいでになり一緒にロイヤルウエディングを。その後、東京の大学のK先生の奥様のEさんつながりでお宅にお邪魔することに。

お花でも買って持っていこうをスーパーに行く途中でバッタリお会いして(買い物とおっしゃっておられましたがお迎えに来て頂いたのかもしれません)そのまま先生のお車でごご自宅まで。ちょっとお茶でも飲みに来て、とおっしゃって頂いたのですが、ワイン2本、ビールと勧めて頂くままに気がついたら午後8時でした(でもまだ明るい)。

K先生はピーターラビットの研究をしておられるとのことで、これはビアトリクス・ポター(Beatrix Potter) についての本を読めというお告げかと思った次第です。ピーターラビットは実は昨年原画展が全国で開催されたので見たことのある人も多いとおもうのですが、文学や文化にそれほど(いや全然)興味のない私がそのような展覧会に行くわけがありません。ですが行ったのです。ちょうど2017年1月末に同志社女子大学の入学試験(全国で同時開催されています、本年は私は広島、金沢に行って参りました。まだまだ若手と思われているのでしょうね)が東北学院大学仙台キャンパスで開催され、私は試験監督のために4泊5日で業務遂行のために行かせて頂きました。そして何と試験会場の1Fでたまたま、本当にたまたまそのピーターラビット展が開催されていたのです。といっても入試業務と展覧会の開催時間はほぼ同じ9時~5時で見ることもないだろう(本当はあまり興味がなかった)と思っていたのですが、3日目のお昼にふと足をのばしてみたのです(といっても2Fから1Fへ)。正直ビックリしました。あれほど精巧に絵が描かれているとは。原画の力なのでしょうか。ポターの意思が伝わってくる気がしました(その他、ピーターのお父さんがパイにされてしまったというのにももちろんビックリ)。その展覧会の監修をしたのが昨日お会いしたK先生だったとのことです。人生、本当に connecting the dots ですね。

その時には将来何か自分に大切な関係性が出てくるとか、何かの役に立つとかは本当にわからないものです。でもなにか前向きに足を踏み出すとか大げさでなくても、ちょっと何かしてみることはどこかでつながってくるのですね。

オックスフォード滞在もほぼ2ヶ月。ゆったりと直感を信じながらいろいろなことに首を突っ込んでみたいと思います。このブログもあっという間に50回を越えましたが、絶対365回書くぞとか意義込むことなく、できる範囲で続けていきたいと思っております。

Again, you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life. (Steve Jobs, 2005)

6月には湖水地方に一緒に行くようお誘いも頂きました。このような形で新しい道が開けるのかもしれないと思っています。

(2018.5.20)

★今回の教訓:いろいろと手を伸ばすことは大切。今の自分に関係のあることだけをしていては未来につながらないかもしれない。その判断に大切なのは直感と好奇心。そしてその直感を養う教養(大学生ならいろいろな授業を受講すること、卒業生なら本を読んだり映画に行ってみたり)を大切にしたい。ちょっと面白そうと覆う心を養いたい。
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オックスフォード通信(53)Stand by me

ロイヤルウエディング

あまり興味ないと思っていたのですが、このような機会は滅多にないので(18年前にトロント在住の際には現在のトルドー首相の父の葬儀をTVで見る機会がありました)ウインザー城までは行かないものの朝9時から午後2時までテレビ中継に釘付けになってみました。

天気も良く5月、6月の結婚がJune Brideなどと称される理由が分かるような気がします。TVではBBCとスカイがCMも入れず時間帯を拡大して中継をしています(最初はスカイ独占という話だったのにBBCも同じ内容を格式高く中継していました)。

エルトンジョンやベッカムなどの著名人が参加していたり、着飾った公爵・公爵夫人(Duke、Duchess)の姿は見るものを楽しませてくれるものです。特に女性が地味ではない帽子をかぶっている姿が印象的です。貴族なんですね。チャペルでも関係ないのですね。目の前にそのような派手な帽子をかぶった女性が座られると困るだろうな、なと変な想像をして笑っていました。

兄弟であるハリーとウイリアムが仲良く談笑している姿があったり、女王の登場があったり(お元気ですね)、花嫁のエスコートをチャールズ皇太子がしたり、聖歌隊の透き通るような合唱があったり、日本の結婚式でどこから連れてきたの?というような牧師さんが早口で誓いの言葉を言ってしまうのとは違い、丁寧にひと言ひと言噛みしめながら聖書や誓いの言葉を述べている姿など、平静はイギリスにニュートラルな立場を取っている(と思う)私ですら好意的に結婚式を見ることができました。

その中でも、これまでの結婚式で見たことのないような特徴的なシーンが2つありました。

ひとつは牧師さんの説教です。と言っても会場となったウィンザー城・聖ジョージ礼拝堂の牧師さん(聖公会・アングリカン・チャーチ)ではなくアメリカの教会から参加された牧師さんの説教です。話の内容は、”Power of Love” という一般的なものなのですが、話のスタイルが国教会の他の牧師さんとは大きく異なっていました。アイコンタクトをしながら(誰と?)身振り手振りを交え、原稿は読んでいなかったようですがiPadを持ち込んで、マーチンルーサーキング牧師風に何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら説教をしていました。話は少し長かったのですが(15分くらい、いや20分くらいは話をされておられたと思います)自分の言葉が入った説教を聞くことが出来て何かほっとする思いでした。これもメーガンさんというこれまでの伝統的なイギリス王室とは異なるタイプのブライドであることが影響しているのでしょう。

もう一つは音楽です。BBC交響楽団(日本でいえばNHK交響楽団)がグリーンスリーブズなど私もよく知っているメロディーを奏でていました。どちらかというとおとなしい印象の音楽が多かったようにおもいますが、奇をてらわない正統派の選曲だったと思います。BBCではありませんでしたが、合唱は良かったです。黒人合唱団の Stand by Me合唱です。よく知っているあのスタンドバイミーです。ジーンときました。ロイヤルファミリーに入るメーガンさんへの出席者の応援歌という印象を持ちました。ひょっとしたらダイアナさんもサポートしているよ、という演出なのかもしれません。式の中ではダイアナさんの sister (お姉さんか妹)も祝辞を述べていました。

今回の結婚式はスカイも言っていましたが、メーガンさんを考えmulticulturalism(多文化主義)を意識した、また誰もがダイアナさんが生きていたらと思いを馳せられるような憎い演出を見せたように思います。

英国王室はこれだけ柔軟に対応できますよという懐の深さを英国民だけでなく全世界に占めそうとしたのだと思います(ただカミラさんも出席しテレビには映っていましたが、スルーという感じでした。ダイアナさんの影は大きいように思います)。笑顔は柔軟さのサインですね。

(2018.5.19)

★今回の教訓:王室の結婚式を通して国民の気持ちをひとつにすることに成功した結婚式。多文化主義への柔軟な対応も含めて巧みに国民とともに歩む王室を演出した。ただそれらもすべてダイアナさんの功績であり彼女を失った悲しみを国民もそしてその大きさを王室・政府関係者も深く認識しているからできたことだろう。ハリーにしてもウイリアムにしてもウイリアムの娘シャーロットにしてもその面影にダイアナを見ることができる。ある意味では頑固で偏屈な老人エリザベスへの決別なのかもしれない。日本の皇室とは異なり、みんながハリーやエリザベスの写真のお面をかぶって喜んでいた。風通しをよくしながら王室の行く末を模索しているのだろう。
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オックスフォード通信(39)ゲスト(2)Queue

日本から初のゲストと先週日曜日に市内観光に出かけました。

さすがに日曜日ということもあるのでしょうか、あちらこちらで行列(イギリスでは、行列のことをQueue = キュー、と言います)ができていました。St. Mary’s Churchの塔に登ろうと思ったら一体何時間またないといけないの?というくらい多くの人が待っているし、ボードリアンライブラリーのツアーも Christchurch Collegeも然りという感じでした。

行列はいいのですが、こちらで閉口するのは行列が進まないことです。ボードリアンライブラリーのツアーは5分待っていても1cmも進まない感じです。なぜなのかと思ってその最前線に行ってどのようにチケットを売っているのか見ているとどうやらどこかで見たことのある風景です。そうです、北米のスーパーマーケットと同じです(大きなスーパーは別です)。窓口であーでもないこーでもないと話を延々としているのです。日本人からすると、何時のツアー、何名、幾ら、支払い方法。これで済みなのですが、そのツアーはどんなところを回るのかとか、もう一つのツアーとの違いとか、延々と話し込んでいるのです。

この風景を見ていて、なるほどと思ったことがあります。京都の市バスに乗っている外国人です。バスの運転手に降りる際に何だかんだと言って降りるのに時間を取っている外国人旅行客をしばしば見かけるとことはありませんか。私は見かける度になんとはた迷惑な人達なんだ、バスが遅れるではないか、と内心いつも怒っていたのですが、それは世界観が違うということなんですね。長年の謎が解けた瞬間です。

回りよりも自分の今のビジネス、しようと思ってることが重要なんです。自分の後に長蛇の列が出来ていようが自分が聞きたいことを聞いてからチケットを買うというのですね。バスでも乗る際にチケットを購入するのですが、どれだけ遅くなっても誰も文句を言いません。日本人の回りを気にする性分が抜けない私は正直イライラするのですが、いいこともあります。バスに関しては、高齢者の人がコマ送りのようにスローモーションでバスに乗ってくるのですが、みんなが温かく見ている姿は心が温まる感じがします。

このようなときにはどのようなストラテジーがいいか、考えていたのですが、決してイライラしないようにあきらめて待つことしか今のところ思い浮かびません。ただ、肝心の私達の番の時にはテキパキとした受け答えだったのですが、肝心の金額を受付嬢は間違えていました。一人£6で3名なのに£21とのたまうのです。それはおかしいと文句を付けている内に私も結構時間をとってしまい、後で並んでいる人達からは日本人、お前もか、と思われたかもしれません(でも、おかしいことにはおかしいと言わなくては)。(2018.5.5)

★今回の教訓:文化の違いは大きいが、一つ一つ理解してゆくことは重要だ。世界は誰を中心に回っているのか。ヨーロッパはいまだに地動説なのかもしれない。