オックスフォード通信(154)Sunny side up? Over easy?

English Breakfastの定番には必ず目玉焼きが入っています

日本では目玉焼きを英語でSunny side up(黄身、Yolkが上の状態の料理ということなんでしょう)と言いますが、以前から何か変な感じがありましたが、「そうなっている」と言われれば言葉なので「そうですか」と言わざるをいませんでした。なぜ違和感かというとその言葉のどこににも卵という言葉が入っていないからです。

両面焼きのover easyに関してはもっと違和感を感じるもので、確かに反対側も焼いてください、という感じなのでしょうか。

今回の在英研究の裏メニューは英語自体について考えることですので、この点についてオックスフォード大学のEさんと話をしてみました。すると驚愕の事実が・・・

驚愕でもないのですが、sunny side upと聞いても目玉焼きと分かるけれど、イギリスでは通常、fried eggというとの事。両面焼きでもfried egg(あまりイギリスで両面焼きをみた事がありません)。

なるほど。両者を比べてみるとイギリスの方が分かりやすいですね。私たちの(私の)潜在意識の中にアメリカやカナダの英語が正しいというものがあるのかもしれませんが、通常日本で手に入る本などはほぼアメリカ英語をもとに書いてあるのでイギリス英語に触れる機会がありません。

もちろん、逆にイギリス英語が本家なので、そちらが正しいということもないと思います。丁度、京都の銘菓、八ツ橋の本家と元祖はどちらが本当なのかのような留めない議論になるのでそれは意味がないと思うのですが、少なくとも全てのアメリカ英語を採用しなくてもいいと思います。

おそらく「どちらが文化的に・コンテクストニュートラル」で「分かりやすいか」という視点で考えるべきだと思います。あくまでも英語を使うのは「グローバルリンガフランカ」=「国際語」としてであるということを覚えておきたいと思います。

A: Can I have fried eggs?

Waiter: How would you like madam?

A: Could you make it over easy?

という英・米・加、ミックスが一番妥当なのかもしれません。

(2018.8.28)

★今回の教訓:イギリス英語を部分的に採用することで英語の使用が楽になるかもしれない。
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オックスフォード通信(149)学会

学会に参加しています

たまたまですが、オックスフォード大学教育学部でInformal learningについての学会が開催されているので本日から明日の日程で参加させていただいています。

教育学部の1教室を会場にしての開催ですので参加者数は40名限定ということですが、イギリス国内からだけでなく、スウェーデン、オーストリアといったヨーロッパやアメリカからもこの学会のための参加があります。

私がたまたま座った席の横は今年イリノイ大学大学院で博士号を取得された韓国のJさんとその指導教官のMさんでした。Mさんは今年の8月に京都を訪れてそれは暑かったと言っておられました

この学会には日本語を第二言語として教えておられる日本人研究者のIさんとかBath大学大学院生のMさんなど日本人も数名参加されておられます。その他、イギリス人で日本で教えておられるDさんとかPさんなどの先生も参加されておられました。

日本でもそうですが学会に参加して新たな考えだけでなく、新しい友人に出会うのは素晴らしいことだと思います。

(2018.8.23)

★今回の教訓:どの国でも学会に参加するのは少し緊張するけれど研究へのインパクトという意味で得るものは大きい。

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オックスフォード通信(148)授業料

青山学院大学のO先生が学生の引率でオックスフォードに来ておられます

O先生には日本でもLETなどの学会でいつもお世話になっているのですが、オックスフォードに到着した際、いろいろと親切にいろいろな場所を教えていただいています。O先生とは不思議なご縁で、先生のお嬢様が勤務校の同志社女子大学情報メディア学科(現:メディア創造学科)に入学された際、私が柄にもなく宗教主任をしていたこともあり、敬虔なクリスチャンである先生からご連絡を頂いたのがご縁の始まりです(私はクリスチャンではありませんが、入社の[同志社では勤務を始めることを社に入るということから、入社と表現します]の面接で当時の宗教部長であったS先生からキリスト教精神を尊重するかと尋ねられ、宗教は違えどキリスト教主義を尊重しますと答えたことをよく覚えています [私は大本という神道を信仰しています]。そのこともあってか宗教部主任を2期4年勤めさせていただいています)。

学生の引率なので土曜日にはご帰国になるというので、本日の午後、Banbury Street にあるPersonage Hotel で午後の紅茶をご一緒させて頂きました。

一緒に来ていただいたのが、私も所属する教育学部の博士課程3回生のNさんです。彼女は才媛で日本の慶應義塾大学を卒業後東大の大学院などを経て、オックスフォード大学の修士課程から博士課程に学んでおられます。絵に描いたような研究者のルートという感じもしますが、謙虚で知性あふれる優秀な女性であることは少し話をしただけですぐにわかります。

現在、オックスフォード大学の教育学部博士課程にはAさん(通信72参照)を含め3名の日本人がいらっしゃるということですのでNさん以外もう一人いらっしゃることになります。またどこかでお会いできるのを楽しみにしています。

ところでオックスフォード大学の授業料はNさんによると北米同様高騰しているようで現在年間300万円以上掛かるようです。奨学金(給付型)を受領しておられるとのことですが、それにしてもこの20年での(つまり21世紀になってから)海外の大学・大学院の授業料高騰は異常です。

私がトロント大学大学院の院生だった頃でも随分高いと思いましたが、それでも当時で1.2万ドル(カナダドル)でしたので、為替レートにも寄りますが、80万円から150万円でした。トロント大学でも現在では優に200万円を超えているようです。

O先生はあと2年でご退職というお話だったのですが、年を感じさせない若々しい話プリ、研究への熱意、学生への尽きぬ愛情と多くの刺激を頂きました。

いい人達にお会いできています。

(2018.8.22)

★今回の教訓:教育にお金を使うのは得策かもしれない。教育で得たものは生涯消え去ることがない。
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オックスフォード通信(131)Oxford University が世界一の秘密(10)図書館-2: Oxford Weston Library

オックスフォード大学図書館・Weston Library に行ってきました

ボードリアンライブラリーという名前のもとに各カレッジの図書館がオンラインでつながっているのですが、その中心に位置するのがラドクリフカメラとボードリアン図書館本館及びウエストンライブラリーです。

メインの入り口は一般市民向けで展覧会(例えば現在はホビットやロード・オブ・ザリングの著者、Tolkienの展覧会が9月までの会期で開催されている)ですが、大学関係者(Reader)向けの入り口は、すぐよこ、パブ Kings Arms の真向かいにあります。

ボードリアンライブラリーはカメラ厳禁など厳しいルールがあるのですが、このウエストンはオックスフォード大学の博士論文など貴重本を閲覧する用途に使われているため、一段と厳しいルールがあります。

何も知らずに入ろうと思ったところ、まず入り口で、バックパックをロッカーに預け、必要なものだけを取り出して、必要であれば透明のビニールバックに入れるように指示されます。その際、パソコンはよいがそのカバーは駄目など、袋物はすべて駄目とのことでした(盗難防止のためなのでしょう)。ロッカーには£1(返却型)必要ですが両替機も備え便利です。

おっしゃる通りにビニールバックに入れて3階建の2階(1F)へ。更に、閲覧室に入るにはIDの提示以外に、初めの利用にはドキュメントに必要事項を書き入れサインをする手鋸みよう。2015年に改装がおわった建物はピカピカなのですが、中を歩いてみると何か映画『ミッションインポシシブル』の中を歩いているようです。一般入り口から見えていた2階の近未来的な本棚の裏側から地上階を見下ろす雰囲気は、これまた映画『インターステラー』の最後の本棚のシーンのようです。

閲覧室に入ると、エアコンは入っていないものの外気温が30℃くらいあるのにヒンヤリした感じです。ラドクリフは大学院生が中心という感じでしたが、ここは研究者が多い印象です。年代も70歳くらいの方もいます。本が読みやすいように書見台もおいてあったり、デスクライトも各自でスイッチを入れる仕組みです(しばらくわかりませんでした)。Pencil Onlyと注意書きもあります

全くの無音でこれ以上のアカデミックな雰囲気を感じたことがありません。天井は寄木のモザイク模様で一層その雰囲気を高めます。

機能的でありながら豊かなアカデミック空間に浸ることができて幸せでした。

(2018.8.5)

★今回の教訓:真摯に学問に向き合う雰囲気を感じることができるのがオックスフォード大学の最大の強みかもしれない(通信120も参照)。
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オックスフォード通信(127)若木は嵐に育つ

オックスフォードに来てからすこし自分の教師生活を振り返ることがあります

公立中学校で11年、短期大学の講師・助教授として8年、大学の助教授・教授として17年、計36年教師をしてきたことになります(大学院留学などの期間を含む)。その間、多くの素晴らしい教師に出会ってきました。すぐ頭に思い浮かぶだけでも、大学時代にはゼミの担当であった稲葉宏雄先生、田中昌人先生、天野正輝先生、田中耕治先生、大学院修士課程では髙島英幸先生、山岡俊比古先生、二谷廣二先生、次重寛禧先生、田中正道先生、青木昭六先生(青木先生にお世話になったのは院を修了してからだが)、大学院博士課程では Sharon Lapkin先生、Merrill Swain先生、Nina Spada先生、Alister Cumming先生、Nishisato Shizuhiko先生など学生として院生として多くの先生の薫陶を受けてきました。

一方、多くの大学の教員や研究者と異なり、私は大学卒業後教師として働いた後、30才を過ぎた頃大学院に入りましたので、教師の仕事に関しては大学時代及び中学教員として働いた20代に出会った先生方の影響を多く受けてきています。

その中でも、大学4回生の時、京大に1回だけ講演に来られた林竹二先生と同じ中学校で働いていた当時の学年主任だった中村昇先生との出会いは大きかったと思います。

林竹二先生は今から思うと亡くなる2年前の講演だったと思います。「授業を通して教師も生徒も変わる」ことを実感を込めて当時の法経1番教室を埋め尽くした学生に語られました。その信念に基づく話しぶりに、困難を伴いながらも、教育の可能性を大いに実感したのをよく覚えています。「国語でなくとも英語でも同じことはできるでしょうか?」と直接先生に質問したところ「もちろんです。多くの英語の先生が素晴らしい実践しているではないか」と力強くお答え頂いたのも鮮明に覚えています。

中村昇先生には、授業もクラス運営もうまくいっていない時、あきらめないで一緒に頑張っていこうと同じ目線で日々励まして頂きました。当時、経験も浅く「教えられたように普通に教えていた私」の授業に魅力がなかったのは事実です。もちろん、その後、大学の教員になって物事がすんなりと授業がスムーズに進んだ訳ではないですし、苦労もありましたが、20代の教員時代の比ではありません。林先生のような魂の授業をしようと思ってもできないもどかしさ、明らかに生徒の興味をつかみきれていない授業、忙しい毎日、見えない展望。

でも今から振り返ってみるとその日々の葛藤があったから今の自分があることに気づきます。当時、三上満先生の「若木は嵐に育つ」という本を読んで、嵐の中にいる若者は全然そんな気になれないよ、と思っていました。でもその嵐にもいつか対処できる方法を編み出すことができるのも事実で、今から思うと三上先生は正しかったと思えるのです。

振り返るのには早いのはよくわかっていますが、今日このようなことを考えていたのも、今春大学を卒業し、関西のある市の中学校の英語教員として奮闘しているAさんと昨日、テレビ電話で話したことがきっかけです。彼女はまだ常勤講師の身分ですが、英語の授業に加え、学級担任、クラブ指導も受け持っています。新採ですら多くの場合1年目は学級担任は免除されるのと比較しても荷重の負担です(おまけに教員採用試験の準備もしなければなりません)。このような状態でありながら管理職からはできていない所について手厳しい指導というか叱責が度々あるそうです。本来なら、これだけの負担を強いているわけですから、このようにすればもう少しうまく行く、といったサポートをするのが、又はそのような体制を取るのが管理職の仕事だと思います。

矛盾を感じます。

しかし、一方で彼女の話を聞きながら、自分自身の20代を思い出していました。時代も置かれている状況も大きく異なります。でも困難にあることには変わりはありません。

管理職と対決して仮に管理職が折れて、Aさんをサポートしてくれるように変わってくれるとそれはいいかもしれませんが、そこに至るまでの道のりを考えるとそれこそ呆然となります(本来は、同じ学校で教える同僚がもっと手を差し伸べるべきです。また、なぜ新卒の講師が担任をしなければならないのか、その学校の人事構成に歪さを感じます。誰かが担任を拒否しているわけです。どの組織にも理由をつけてしんどい事から逃れようとする人がいるものです)。そのようなことに使うエネルギーは「授業」に向けるべきだと思います。

「授業が変われば、生徒も教員も変わる」。この林竹二先生の教えはいまも生きています。しかし、一方で授業を根本的に変えることはそれこそ大変です。

マンガ『美味しんぼ』に先代から受け継いだだ天ぷらやの二代目の話があります(二代目の腕)。どれだけ修行して工夫してもお馴染みさんからは親父さんにはまだまだだねと認めてもらえないと悩んでいるのです。そこへ山岡がやってきて、てんぷらではなくて、付け合わせの漬物に工夫を凝らせ、とアドバイスをするのですね。二代目はぬかから工夫をしてピカイチの漬物を天ぷらと一緒に出すと、馴染みの客が、腕を上げたね、と絶賛するというお話です。

いろいろな解釈があると思うのですが、私はどこか一部分でも改善すると全体がよくなったように人間はいいように錯覚すると理解しています。

Aさんにアドバイスをしたのは、学級担任もクラブも英語の授業も全部を変えようと思ってもそれは気が遠くなるし非現実的、英語の授業に絞って、しかもその10%(5分間/50分授業)だけを何かあたらしいアイディアで変えてみてはどうだろうか、ということでした。

幸い、英語の授業は切り口が色々とあります。デジタルネイティブの20代の教員であれば、まずインターネット、iPad、電子黒板などICTが真っ先に頭に浮かびます。ビジュアルや音声と組み合わせると一層効果的です。そして、ALT。ALTのサポートで沢山の教材をICTを駆使して作ることができます。これは若い先生の得意分野です。まさにDigital Age の真骨頂です。

Aさんには是非、英語の授業から切り込んでいってほしいな、と思います。

「石の上にも三年」

そう、卒業式にゼミの皆さんにお話しました。今回は教師の仕事について書きましたが、仕事について3年くらいはどの業種でも大変です。

嫌なことは寝て忘れられるのも若者の特権です。また翌日は新しい一日として臨むことができるのが若者の特権です。あっけらかんとしていたらいいのです。

誰しもできなかった20代があったのです。今この文を読んでいただいたみなさんが20代なら出来なくて、もともと、と思って、「少しずつ」改善を目指してください。

今読んでいただいているのが50代の管理職の皆さんなら(あまりない状況ですが)、自分の20代を思い出して、建設的なアドバイスをしてあげていただきたいと思います。自分の学校をよくしたい気持ちは分かりますが、それは同僚性を基盤した協働性の上に成立するものだと思います(豊中市の校長をしている畏友のN先生にこの話をすると激怒するだろう)。

A先生、一歩一歩、授業を見つめて改善してゆきましょう。いつか、私のように振り返る時がきますよ。生徒はよく見ていますよ。大丈夫。A先生は未来の教師です。経験を積んで少しずつ授業を改善してゆきましょう。

若木は嵐に育つ

(2018.8.1)

★今回の教訓:上に立つ人の人格は格段と重要だと思う。長のつく役職についた途端に勘違いする人が結構いる。一生、その長の仕事に留まれるのなら別だが、自分がその仕事を離れた時にどれだけ周りの人に慕われるか考えて行動するべきだ。実力のない人ほど偉そうにするのはいつの時代も変わらない。有言実行のリーダーと一緒に仕事がしたいし、そのようなリーダーシップが取れる人にいつかなりたいものだ。
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オックスフォード通信(122)小学校英語

日本人全体としての英語能力が一層向上できるようにしたいと念願しています

この部分について異論を挟む向きはほぼないと思います。しかしその方法については異論続出だと思います。特に、小学校からの教科しての英語と大学入試にTOEFLなどの民間テストを活用することについては。いわば英語教育の入り口と出口ですね。今回は、前者の「入り口問題」について私見を述べたいと思います。

2020年から教科としての英語が小学校5年生から、小学校3年生から外国語活動が始まります。と言っても、京都市のように既に前倒しで開始していたり、2020年から更に小学校1年生から(ということは小学校入学と同時に)外国語活動を開始するところもある。

早期英語教育に疑念を抱く研究者が主張するような母国語である日本語に対する影響はないと思いますが、インターネットで得られ新聞報道を見る限り、小学校から始めることが重要であってその効果は二の次という印象は拭えません。

どれだけ早く始めても「週に1-2回程度のDrip Feed(ボタボタという感じです)の授業では、後から集中的に始めた人たちに簡単に追いつかれてしまう」という事をカナダの研究者、Lightbown and Spade (1999, 2003, 2006, 2014) が名著 “How languages are learned” (Oxford University Press) で明快に述べています(SLA, Second Language Acquisition 研究の知見)。

若ゼミでも2009年から豊中市の小学校とSTEP (Shogakko Teaching English Project) と称して継続的にプロジェクトを進めてきましたが、確かに小学生の方が、1) 物怖じしない、2) 他の教科との連携が取りやすい、3) 興味を持って学習しやすい、という点で中学生より外国語に対する適性に優れていると感じてきました。ゲーム感覚で授業にタスクを持ち込むとこれまで中学生以上のクラスで感じたことのないような集中力とスピーディーな反応に驚いています。この時期に、英語は難しくない、むしろ楽しく、コミュニケーションのツールとして活用できると実感することはむしろ有益であるとすら感じています。

しかし、問題が小学校での英語教育をどうするか?どのような授業を展開するか?という事ばかりに集中して、義務教育の終了する15才、又は高校教育の終了する18才、又は多くの大学で教養英語という形の終了する20才でどのように英語能力を身につけさせるのか、という議論が手薄であると思います(CEFRでの目標値は示しているよ、という声が聞こえてきそうですが)。

昨年度まで地元のK市の教育委員を務めさせていただいていました。そこで小中連携の重要性を事あるごとに提案していましたが、教育委員会と言えども、実は如何ともし難い状況があり、小学校での英語をどうするか、に話が終始してしまいました。それは、もともと小学校での英語教育が現場サイド(中学校を含め)からの発想でなく、文科省からのトップダウンで降りてきたものである事。教育委員会はその決定に従い、各小学校でどのように実施するかにしか、考える時間も人的リソースを与える余裕がなく、本来なら議論の中心にあるべき、小学校で英語の授業をどうするか、そして小学校で学んでいた英語を中学校でどう発展させるかについて議論する必要性は感じながらもできていない状況でした。

この間の動きを見ると、どうしてもアリバイ作りのように思えてなりません。つまり、「なぜ日本人は英語が下手なのか」ということについて、文科省的に対策を取っていますよ、という。でも本気で日本人の英語能力を上げようと思っているのなら、早くから始めることの効果をどのように中学校で高め、高校につなげてゆくかについて、議論するような指導と財政的な援助(=人的配置)をするべきです。もちろん、中高の英語の授業改革(英語の授業は英語で)や入試制度の手直し(4 skillsの測定)なども提唱されていますが、それらを現場でどのように実現するかについての議論と検証は十分とは言えません。

ひとことで言うと、文科省がこう決め、通達したのに、教育現場はそのように変わっていない。教育委員会からもっと強く指導するべきだ。このようなマインドセットであるかぎり、一部のモデル校を除いて、小学校からの英語が功を奏するわけはありません。

まずゴールを日本人の英語能力を高めることに据え、そのために最も欠けているいることを
リストアップして(主として財政)援助することが筋です。

欠けていること
① 小中連携の人員。つなぎめ、すなわち、小=中、中=高、の連携が不足している。各公立中学校にできれば大学院卒の英語教員加配を置き、校区の小学校の外国語活動、英語の授業のコーディネートをする仕組みを作る。これは実際に授業をしながらでは大変なので、授業ゼロにして、各小学校を巡回したり、会議を主宰する。

1クラスの人数が多い。コミュニケーション指向の授業というなら少なくとも中高等学校すべての英語の授業をG8の先進国がおこなっているように20名以内にする。財政的に大変だという声が聞こえきそうだが、そもそもお金を掛けないで英語能力を上げることが無理なのです。

③ 早期英語教育を既に実施してきた自治体の学力慎重の検証が見えない。早急に検証をおこない(報告書を見たことがありません)、データベースで小学校からの英語教育をするかどうか議論する。

4 skillのバランス。大学でもそうですが、ライティングが本当に必要かどうか議論するべきだと思います。BICSやCALPという議論を踏まえ、まんべんなく4つのスキルが必要かどうか、改めて考えてみる必要があると思います。

日本人が習得するべき英語像が明確でない。オックスフォードに来てみて、改めて世界各国の留学生は国際語として英語を使っていると実感します。合わせて、日本人が目指すべき英語使用とはどのようなものなのか、についての議論もしてゆくべきだと思います。例えば、アメリカ英語とイギリス英語のミックスも有り、かもしれない。

私達が豊中市でSTEPプロジェクトをするきっかけは大学院時代の畏友N校長先生から、このままでは大変なことになるので、校区の小学校の外国語活動を見にきて欲しいと依頼されたことでした。一校長先生の一言でも小さな波は起きるのです。

文科省もいつまでも中央官庁からトップダウン式に号令をかけるだけでなく、選挙のように草の根で全国の中学校区を全て洗い出して、それぞれにリーダーを据えるくらいの本気さが欲しいと思います。全国を飛び回って良心的に講演会を行っているN教科調査官の善意を無にしないためにも、省庁としての本気さが欲しいところだと思います。

ただ冒頭で述べたように、小学校で3-4年生での70時間 (週1回、1×35週×2 =70)、5-6年生での140時間 (週2回、2×35週×2 =140)、計210時間(週6回分の授業相当)を中学校に移行して集中的に学ぶ計画も同時進行で検討を続けるべきだと思います。SLAの研究の知見は、長期にわたってチョビチョビするよりは、短期間で集中的に学ぶ方が効果的、です。この210時間あれば、例えば、中学校の英語の授業を現行の4コマに2コマ加えて、どの学年でも週6回、すなわち毎日1回以上の英語の授業がある形に持ってゆけます。そこに、20名以下の少人数を導入する方が、SLA研究を持ち出すまでもなく、効果的なのは自明だと思います。どうしても小学校から始めたければ、この中学校の英語の授業数を増やす形をまず導入し(小学校で誰が英語を教えるのかという問題はなくなる)、その間に小学校で英語を教える専科教員数を確保した上で、その増加分を小学校へ移譲すれば混乱を引き起こすこともありません。

小学校で英語を始めることが重要なのではなく、日本人が世界市民(Global Citizen)として誇りを持って生きていけることが大切であることを、再認識する必要があると思います。

(2018.7.27)

★今回の教訓:オックスフォードでの私の在外研究も1/3。残りを考えながら時間を有意義に過ごしてゆきたい。
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オックスフォード通信(120)Oxford University が世界一の秘密(9)図書館

ボードリアン図書館

これがオックスフォード大学の中心の図書館です。内部の写真撮影は禁止されているのでお見せできないのが残念ですが、特に円形のラドクリフカメラと言われる図書館にいると歴史をしっとりと感じることができます。

オックスフォードでも今年は猛暑と言われ(と言ってもやっと34℃になるかもというレベルです。ただ水不足は深刻になって来ました。芝生からほとんど緑がなくなってしまいました)さすがに日中はエアコンがないと辛いのですが、このラドクリフカメラは恐らくエアコンが入っているからだと思うのですが、ヒンヤリとして心地よい感じです。

机の上には、白熱灯とコンピュータの電源などのためにコンセント(socket/outlet)が用意してあります。必要最小限にして十分という感じです。

ここは外の喧騒とも無縁の世界で観光客も立入禁止区域になっています(その他のところは、大学関係者は2名のゲストをお連れすることが出来る事になっています。ただ図書館だけは例外で大学関係者以外は入ることができません)。

壁には天井までの書棚、そして誰かはなかなか分かりませんが、恐らく中世からの著名な学者の彫像と壁画が飾ってあります。

ただ2点だけ問題があります。

ひとつはオックスフォード大学全体に言えることですが、Wifiがそれほど強くなく(弱いわけではありませんが、フラットで契約しているスカイのネットワークの方が早いです)、途中でよく切れることです。

もうひとつは意外ですが、案外早く閉まってしまうことです。同志社女子大学の図書館でも早いと思っていたのですが(午後8時です)、ここは6:45になるとチリリン、と終了15分前の鐘が鳴ります(と言っても図書館員がハンドベルの小さな鐘を鳴らしているだけだと思います。現場はまだ見ていません)。午後7時の閉館は少し早くないですか、と思います。

でも5時にはお店が閉まり、カフェでも8時くらいには閉まってしまうお国柄ですから、大学の図書館もそれに倣えということかもしれません。

オックスフォード大学の図書館にも随分慣れて来ました。

(2018.7.25)

★今回の教訓:夏は研究に限ります。
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オックスフォード通信(114)アフリカからの研究者

ひょんなことからアフリカからオックスフォードに来ておられる方々と昼食を共にしました。

ひとりは、ブルキナファソのピーターさん、もう一人はギニアのサマーさんです。

お二人とも医学系の研究をオックスフォードでしておられるとのこと。サマーさんによるとギニアのOfficial Language はフランス語で、母語は現地の言語があるとのこと。日本の中学に当たるSecondary School から外国語学習が始まるとのことですが、サマーさん(うーん、30代後半かな)の頃はアラビア語で、現在は英語が該当するとのことです。

他に一緒にいたのは、法学を研究しておらえる日本の研究者のKさんに、シリアの研究者(ビジネス研究)のオマールさんです。

当たり前と言えば当たり前ですが、このような集まりで使われるのは英語です。これはオックスフォードだからではなく、場所がパリでもアムステルダムでもニューヨークでも同じだと思います。英語を国際語として使うというのはこのような場面なのだと実感できます。英語を母語とするいわゆるネイティブ・スピーカーはひとりも含まれていません

いろいろな話をしたのですが、思ったのはアフリカについてほとんど知らないと言うこと。ちなみにサマーさんは日本の長崎大学で7年間研究生活を送っておられたので京都をはじめ各地を訪れたことがあるようで日本通です。

さて、まず地理が分かりません。ピーターさんは陽気な感じの方ですが、ブルキナファソと言われても、アフリカのどこにあるのか、説明を聞いてもイメージが沸きません。ギニアでやっとそういえば高校の世界史や地理で学んだな、というくらいです。ただサマーさんにギニアについてお聞きしていると徐々に分かるところは分かってきました。季節は雨季と乾季で、今は雨季に当たるとのこと。医者はギニアでも尊敬される職業で待遇もいいため、医師免許をとるとフランスで医師をするためギニアを離れてしまう人達が多いとのこと。

サマーさんはあまりアクセントがありませんが、互いに聞き返すことが多いのも特徴です。ただ一方的にどちらかが「分からなくてごめんなさい」というような卑屈な気持ちにならないのも面白いところです。

つくづく、私はアフリカについて知識がないな、と思ってしまいました。私が大学時代にヨーロッパ旅行をした際に、モロッコを訪れたことがあるといったら話がもりあがりました。このような出会いがアフリカについて興味を持つキッカケになるのでしょうね。シリアのオマールさんについてはまた別の機会に書きたいと思います。

(2018.7.19)

★今回の教訓:世界各国から研究者が集まっているのもオックスフォードの強み。京大もそのはずなんだがあまり交流の機会がないような。気のせいか。
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オックスフォード通信(100)Oxford University が世界一の秘密(7)優れた研究ツール

大学内で開かれたワークショップに参加してきました。

今回は質問紙などの調査をインターネットでリサーチ用に実施するためのインターネットベースのソフトウエアです。

今回の在外研究の裏(サブ)目的は世界一と言われるオックスフォード大の秘密を探ることにありますが、本日のワークショップに参加して、またなるほどと納得しました。ケチケチしないで研究ツールを無料で豊富に用意し、そのためのワークショップも提供するというもの。

SPSSまでは同志社女子大学でも無料で利用できるのですが、オックスフォード大ではそれに加えて質的研究ツールのNvivoも大学関係者(IDを持っている人=学部生、大学院生、教員、研究員 [=私はこれに当てはまります]、職員)なら誰でも利用できるのがすごいところです(但し、1年毎の更新)。

質問紙作成には、Google Docも使いやすく有効ですが、特にセキュリティーやアカデミックで利用する際には十分とは言えません。

1時間でのワークショップで全てマスターできるわけではありませんが、概要が分かり使ってみようという気になって来ます。

みなさんのお手元に「質問紙調査のお願い」というメールが届いたら(このブログでも告知・お願いをするかもしれません)その節は是非どうぞよろしくお願いします。

データベースや(通信28参照)研究環境を整えること、それは当たり前のことのように思えるかもしれませんが、なかなかできないことです。逆にいうならそのような研究環境がない状態で研究を増やせ、という方が無理なことなのかもしれません。口幅ったい言い方ですが・・・(やめます・・・この続きはご想像にお任せします)

オックスフォードに到着してから本日で丁度100日目この通信も100回に達しました。続けられるところまで続けようと思って始めたものですが、みなさんからコメントも頂いたりして(勝手に結構たくさんの皆さんに読んで頂いていると妄想しています)励まされたのが続けることができた理由の一つだと思います。ありがとうございます。

不思議なものですが、書きたいことは最初に決めて書くのですが、書きながら新たな発見があります。アウトプットの重要性を自分自身でも実感するところです。イギリスでの在外研究も1/3が終了。何か成果になるものを創り上げたいと思うのですが、このブログもささやかながら今回イギリスに来ることを契機に始められたもので、自分の考えの移り変わりを見てとれるのが面白いと思っています。完成してから(え、365日書くつもり?)先に述べた、Nvivo などの質的データ分析ツールで分析してみるのも面白いと思います。

このはてなブログはとてもいいのですが、一点、自分のブログ内で検索できないのが問題だと思っています。現在、少しずつWordPress利用のブログに移行していますので(そちらの方が見やすいかも)、よかったらそちらでもご覧ください。事の顛末:自身のHPが大学から追い出されたのを機会にNTT Biz ウエッブ&メールエコノミーに加入しました (http://wakamoto.orgというドメイン名も取得)。正確には大学が教員用のHPサーバーを、HPを開設している教員が少数であるからという理由から廃止したためです。その際会議でも反対意見を述べたのですが、HPを自分で作っていない人にどれだけその重要性を言っても無駄ですね。でもピンチがチャンス。月々1500円でサーバーを利用させて頂いています。2012年のことですのでもう6年になります。HPだけでなく今後はそのブログも活用したいと思っています。

(2018.7.5)

★今回の教訓:時間を有効に使うとは役に立つことに時間を使うこと。こうなったらどうしようと心配しても何も産み出さない。行動あるのみ、という人もいるが言っていることは同じ。考えて役に立つことだけに絞って考え、それ以外は行動しながら考えるといい。Your time is limited. これは私のような外国で研究生活を送っている人だけでなく、大学生を始めすべての人に当てはまることだろう。
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オックスフォード通信(99)イギリスにおける外国語教育

フランス語の先生のカンファレンスに参加してきました

オックスフォードにいることのメリットはここが会場となってカンファレンスが開かれることが結構あることです。「わざわざ」というと腰が重くなったりするのですが、宿泊をすることもなく自転車で行ける距離でこのようなチャンスがあるのはとても有り難いです。

昨日のカンファレンスのほぼすべてのみなさんがフランス語の先生だったと思うのですが、①イギリスにおける外国語教育のありかた、②研究プロジェクトのありあた、という点で興味深いものでした。

プレゼンテーションの最初に提示された、”Ignore the panic. There is little point learning languages at school” (Simon Jenkins) が示す通り、英語を母語としているからでしょうか、フランス語やイタリア語など第二言語を学ぶ必要性を感じている人が多くないようで(R先生を除けばカナダと異なりイギリス人がフランス語や多言語を話をしているのを聞いたことがありません)、生徒の学習成果も芳しくないようです(GCSEという共通テストでA-Cのランクの成績を得ているのが1/3に留まっていると報告されていました)。

しかも非常に限られた時間(確か週1回の授業)しかないため、教え方を工夫しなければいうところからプロジェクトがスタートしているようです。3グループ(工夫したテキストG=統制群 [control group]・フォニックスを教えるG・リーディングストラテジーを教えるG)に分けて比較をしているのですが、予測したように、統制群よりも他のグループの方が結果的に成績が伸びたということは確認できなかったそうです。興味深かった点を以下箇条書きにしておきます(備忘録として)

・Slow Learnersにはself-efficacy(自己効力感)を上げることを考えながら
教えたこと
(特にリーディングでは分からない、なかなか効果が見えないことで
ガッカリする生徒が多いのでこの点は重要だと思います)

・ストラテジーを教える際には、
a) まずstrategy awarenessを高めておく
b) ストラテジーの説明
c) ストラテジーの使い方についてのモデリング
d) グループやペアでストラテジーを使ってみる
e) 個人でストラテジーを使う

・cognatesの活用:フォニックスにしてもストラテジーにしても英語とフラ
ンス語で単語が共通であったり語源が同じであったりすることなどから
cognatesを活用しやすい

・ハンドアウトの工夫:生徒が興味のあるトピックを読解教材にしている
(同志社女子大学のReading Courseで使っているNewsFlashとほぼ同じ考
え)。またYoutubeへのリンクも考えていること

また研究プロジェクトのあり方という点では、恐らく10名くらいの先生がチームを組んでクラスルームに根ざしたリサーチをしていることです。日本もイギリスも先生が忙しいのには変わりがありません。個人で研究には規模においても掘り下げ方についても限界があるのでしょう。先日の生理学のプレゼンテーションでも、理論と実験で担当を分けていました。例えば、いつか若ゼミの卒業生の皆さんでチームを組んで共同研究をすることも夢物語ではないと思います。

現在イギリスにいますが、現在私が関わっている共同研究だけで、
A. I先生を中心とする大学1回生の共通英語プロジェクト(計、7名)
B. Y先生を中心とする副専攻ブロジェクト(計、3名)
C. 私が中心の科研プロジェクト(計、3名)
D. 大学院生Kさん中心の学習スタイルプロジェクト(計、3名)

と計4件の共同研究に参加しています。共同研究をすることで視野が広がり(他の研究者の専門性に触れることができる)、自分自身の専門性も深めることができる(自分の担当として)、という利点があります。

最後のワークショップに参加できなかったのは残念だったのですが、いいヒントを沢山いただいたいい機会となりました。

(2018.7.4)

★今回の教訓:授業はどの国でも工夫しようとしている。授業にはどの国でも先生は悩んでいる。You are not alone!

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オックスフォード通信(92)Hillary Clinton in Oxford

前国務長官でトランプとアメリカ大統領選挙を争ったヒラリー・クリントンさんの講演会がオックスフォード大学で開催されました。

といっても、チケット(無料)は瞬間的に売り切れとなってしまったのでFacebookを通しての生中継(午後5時半から)を見ました。

若者に期待している、民主主義の未来に期待している、女性の権利(Women’s rights are human’s rights and human’s rights are women’s rights) 、この3つのことについて約1時間の話でした。分かりやすい言葉を選び、プロクターがあったにせよ、聴衆とアイコンタクトを取りながらのいい講演だったように思います。

特に、時間はかかるが人類が進歩するにはデモクラシーは最も優れた方法であるという点には大いに納得をしました。トップダウンで物事が決まることが大学でも最近は多くなってきました。その割にはその決定過程が明確でなかったりその方針に首をかしげるものが多かったり、結果責任をそのトップダウンを決定した人達が潔く引き受けることもないのが現状です。現在のトップダウンは途中プロセスをすっとぱした単なる手抜き民主主義だと思います。ヒラリーさんの講演を通して、もう一度民主主義の手順を考えてみなければと思えたのはよかったと思いました。特に、民主主義的の結果、決定した結果責任、検証について考える必要があると思います。

ところで、昨日(火曜日)に参加したPhisiology 学部(生理学)のセミナーで「自信と意思決定の関係」という講演がありました。数式の部分は良く分かりませんでしたが「自信を持って間違えた場合と、自信がなくて成功した場合」から人は多くを学ぶという結論にはとても興味を覚えました。逆にいうと「自信がなくて失敗した場合」(及び自信があって成功した場合)からは人は学ばないということです。

民主主義ではこの自信がない場合の意思決定が大きいのではないでしょうか。特に、自信が無くて失敗する場合が。この場合の責任は誰が取るのですか?というと自分は自信が無くて意思決定に参加しているわけですから、実は個人的には反対だったけど多数決でそう決まってしまった、自分の意見は正しかったわけだから責任を感じたり、そこから学ぶことは少なくなってしまうと思います。戦争責任がその典型的な例です。個人的に戦争に賛成する人は(ほとんど)いるわけがないので、みんながそう決めてしまったから仕方ない、私には責任はない、よってそこから反省もなく、次に生かすことはできなくなります。トップダウン方式のエセ民主主義の場合にはトップダウンした本人は自信満々で望んでいるわけですから、本来は痛切な反省や責任を感じるはずですが、その部分だけ「みんな」に責任転嫁してしまう。皆んなが賛成したのだからと。

演説に戻ると、正直なところ、ヒラリーさんの美しい言葉とは裏腹に何か違和感を感じたのは私だけだったでしょうか。それは決してヒラリーさんが大統領選挙に敗北した敗者の遠吠えだったからというわけではなく、自分は引退するけど若者は頑張ってねといっているように聞こえたからでもなく、恐らく大統領選挙中にも投票権を持つアメリカ国民が感じたであろう違和感です。

言行不一致という言葉で表してしまうと少し違うようにも思えますが、ヒラリーさんの言う民主主義はあなたの又はあなたが重要だと思う人達にとっての民主主義であって、そこに含まれていない人達は見捨てられているのではないか、と言う危惧です。確かにマイノリティーや女性の権利を述べていますが、その一方で「正義」のためであれば他国にミサイルを打ち込んでも仕方ないと思っているのではないかと言うことです。簡単に言うと民主主義のためなら沖縄のオスプレイが墜落しても「仕方ない」と思っているのではないかという危惧です。

彼女の言葉通りに民主主義のために若者が立ち上がり、世界の平和のために尽力するのはいいことですが、ヒラリーさんの正義のために尽力するのとは少し違うな、と思うのです。事実、1%の人達が99%の富を独占していることに反対運動を起こした若者はヒラリーさんを支持しませんでした。逆説的ですが、とても民主主義とは縁遠く見えるトランプの方が世界平和に貢献しているように見えます(例えば最近の米朝会談)。そう考えるとヒラリーさんの考える民主主義って本来の民主主義とは異なるものなのではないか、とも思えるのです。

いい演説だったと思いました。でも、生の話ってここに述べたような微妙な違和感を伝えてくれるので面白いです。質問を受けることもなく、演説が終わってそそくさと帰っていかれた姿勢にもそれは現れているように思えました。

念のために、私はヒラリーさんは嫌いではありません。

(2018.6.27)

★今回の教訓:今こそデモクラシーを、デモクラシーについて議論しようというヒラリーさんの訴えは逆説的だが正しい。その結果、アメリカのデモクラシーとは異なるデモクラシーの結論になろうとも。
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オックスフォード通信(87)日本語習得

6月、ろくがつ

昨日、日本語を勉強しているPさんに会いました。日本やアジアについての本を英語で出版されるようなのですが、漢字の読み方について話していました。Referenceの一部に、六月号というのがあったのですが、問題は「月」の読み方なんですね。

もちろん、ガツなんですが、よく考えると、ろくつき、ろくげつとも読めます。私達も恐らく小学校の時には読み間違いをしていたと思うのですが、長い年月の間におそらく1000回以上この言葉に接したり、このロクガツゴウという言葉の響きに日本語のリズムを発見してしっくり来ることをどこかで納得(直感)したのでしょう。

日本語が母語でない人が日本語を話したり読んだりするのを見ていると昔の母語習得のプロセスが少し見えるようです。それ以上に興味深いのは英語を外国語として習得する際にも同じことが言えるんだろうということです。NES (Native English Speaking) から見ると稚拙なミスも当たり前のことなんでしょう。お互い様ということですね。英語のミスについてお互い様とか仕方ないよ、と(イギリス人がロクツキゴウと読んだら逆にすごいと思いませんか)思える事が大事なんだと思います。

改めて言葉の習得に大事なのは意欲とこのようなちょっとした心がけだと思います。長い道を歩いて来て振り返ったらすごいと思うけれど、歩いているときにはいろいろな事があるのですね。にも関わらずある程度のゴールまで歩き続ける事が大切なんだと思います。

(2018.6.22)

★今回の教訓:エラーは不可避というけれど言語習得はエラーの連続。エラーを沢山する環境を作ることも重要。そのためには、英語は二番目の言語で日本語に付け足すもの、しかもNESになる必要がないというグローバルEnglishの意識を持つ事が重要。
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オックスフォード通信(83)Language Center

オックスフォード大学のランゲージセンターに行ってきました

オックスフォード大学で学ぶ学生が多様なバックグラウンドから成り立っているのに対応するようにセンターにもざっと見ただけでも10ヶ国語以上の言語学習ができるような資料がおいてあります。少し意外なのはフランス語や中国語と同じくらいの量の日本語の資料があることです。イギリスでそれだけ日本語に関心のある人が多いということなんでしょうか。

それにしてもほぼ無人状態。借りたい人はコンピュータでチェックアウトして帰ってね、くらいのスタンスです。自動化というよりは無人化という方が当たっている感じです。そう思うと日本の図書館の親切すぎる対応が懐かしい感じもしました。

(2018.6.18)

★今回の教訓:ランゲージセンターも大学カードがないと入れない。イギリスのセキュリティはどこまでも徹底、詰め詰めである。
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オックスフォード通信(82)湖水地方 Windermera

湖水地方第四弾。

湖水地方を去る前にこの2日宿泊したウインダミアホテルの裏手の Orrest Head に登ってきました。ホテル前のインフォメーションで道を聞くと、ホテルの横の道をまっすぐ、that’s itというお言葉。少々不安も感じながら時々現れる矢印を目印に登ること20分。妻はこのためにキャラバンを自分だけ買って持ってきていましたが私は普通のスニーカ。

でも不安は杞憂で途中、薪製造工場があったたり怪しいBacksmithがあったり、美しい馬がいたりと少しふうふう言いながら、ちょうど若王寺山頂の新島先生の墓参の感じで登頂完了。

写真の通り、ウインダミア湖の全景が一望できました。

イギリスの自然は美しいですね。

(2018.6.17)

★今回の教訓:帰りの鉄道はウインダミアからOxenholme Stationまでは運休でバス代行。おそるべしイギリス鉄道。

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オックスフォード通信(81)湖水地方 Near Sawrey

湖水地方第三弾。

K先生に丁寧にご案内していただいたおかげで随分、湖水地方やそこで生まれた文学に詳しくなりました。英語英文学会50周年記念誌 Wondering Aloud にも書かせていただいたのですが、私は教育学から英語教師としての実践、そこから大学院で応用言語学を学び理論の世界に入ってきたのですが、今回の旅でこれまで後回しというよりも避けてきた感のある英文学の世界がそれほど敷居が高いものでもなく、湖水地方の豊かな自然の中で生まれた文学であることに随分感銘を受けました。

詩を書いたり、文学作品を書いたりしようとは思いませんが、Hill Top のギフトショップで買い求めたPeter Rabbit からじっくりと読んでみようと思います。

この旅の中で何度もBeatrix Potterと言おうとしてHarry Potterと言ってしまっていました。半径2M以内にいたみなさまは憤慨しておられたことと思います。すいませんでした。

(2018.6.16)

★今回の教訓:日本の湖水地方にあたるところはどこだろう。

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オックスフォード通信(80)ワーズワースの世界

湖水地方第二弾。今回は桂冠詩人として(つまり女王に認められた詩人)名高いWilliam Wordworth の足跡を辿りました。

名前くらいしか知らなかったのですが、湖水地方、特に Grasmere湖の周辺にある彼が主だった詩を書いた家のGuided Tourに参加したり隣接する資料館を見る中で詩というよりもどのようなバックグラウンドで彼が詩を書いていたのか、彼にとって詩とはどのような意味があったのか少しわかったような気になりました。

1770年の生まれということですので日本でいうと江戸時代中期から末期まで(1850年没)生きた詩人ですが、イギリスは産業革命がイギリスで同時に進行していても彼が水仙 (The Daffodils)に読んだ湖水地方は今日までその風景を変えていないのでしょう。

自然と一体となった中で湖畔で発見したことを家に立ち戻って詩に表したとのことです。ワーズワースにインスピレーションを与えるものが自然の中にあったのですね。もちろん、Biatrixと同様、誰もが同じ風景を見ていても彼だけに自然がその秘密をそっと解き明かすカギを渡したのでしょう。

Daffodils

I wander’d lonely as a cloud
 That floats on high o’er vales and hills,
 When all at once I saw a crowd,
 A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
 They stretch’d in never-ending line

Along the margin of a bay:
 Ten thousand saw I at a glance
Tossing their heads in sprightly dance.

The waves beside them danced, but they
 out-did the sparkling waves in glee: 
A poet could not but be gay
In such a jocund company!
I gazed – and gazed – but little thought
 What wealth the show to me had brought.

For oft, when on my couch I lie
In vacant or in pensive mood,
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;
 And then my heart with pleasure fills
 And dances with the daffodils.
(from http://www.bbc.co.uk/poetryseason/poems/daffodils.shtml)

一方で、ワーズワーズが通っていた Hawkshead にあるGrammar School (中学校)も内部を見学することができました。当時は8才から16才までの男子のみが通っており卒業後はケンブリッジやオックスフォードに進学していたようです。驚くのは8才からビールやタバコが許されていたり、ナイフで机に名前を彫ったりする事が容認されていた事です。ワーズワーズ の直筆の自分の名前の見事彫りも残されていました。残しているのもすごいですが、今の中学校なら親が呼び出されるくらいの問題行動だったでしょうね。彼の詩からは想像できない荒々しい少年時代があったという事ですね。

私は英語学習の個人差の研究をしていますが、昨日のBeatrix PotterにしてもWordsworthにしても彼らは天才なのかもしれませんが、淡々と一つのことを観察したり考え続けたからこそ、自然(神)はそっと何かを語りかけたのでしょうね。

(2018.6.15)

★今回の教訓:じっと同じことを追求することは重要だ。
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オックスフォード通信(78)その場での質問

セミナーに出ていて悔しいのは質問できなかった時です。

応用言語学セミナーのような専門セミナーは質問しやすいのですが、昨日や月曜日のような教育評価や教育心理学の質問は少し構えてしまします。

参加者の人数は20名程度なのでそれほどプレッシャーはかからないのですが、まずテクニカルタームが分かりにくい、その後で議論されている中心も分かりにくく質問の輪に入れないことがあります。そのような時に限ってセミナーが終わってからいい質問が思いつたりします。

日本の会議でもそうでしたが、その場で瞬間的に質問を考えるのにはコツが要りますります。

それはまず、

1)シンプルに考える。日本の状況に当てはめて考えてみること。プレゼンターは当然巧妙に(?)入り組んだ話をしますのでそのまま聞くと納得してしまいます。ですから、なるべく単純に日本だったらどうだろう?これはイギリスだから成り立つのではないかと。

2)なるべく前の方、プレゼンターに近いところにすわること。これは一番効果的ですね。前の方にいると後ろにいる人が気にならず、逆に後ろのほうに座ると周りが気になりなかなか質問しにくくなります。

した後悔よりもしなかった後悔の方が大きい
と言いますが、質問についても同様です。

オックスフォードの印象はトロント大のような北米の大学よりも温厚で穏やかな質問が多く、日本のように質問があまりでない印象があります。これは島国という共通点から来るものなのでしょうか?

質問する態度も重要な研究テーマですので今後も質問をしながら考え続けてみたいと思います。

(2018.6.13)

★今回の教訓:質問するとそこからさらに新しい考えが生まれるものだ。
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オックスフォード通信(77)English as a global lingua franca

本日の応用言語学セミナーのトピックはズバリ国際共通語としての英語でした。

講師はエジンバラ大学のG先生でした。セミナーに出ていて気づくのはわかりやすく聞き取りやすい英語で話されることとそうでない方がいることです。G先生は最初に経歴をお話になったのですが、なるほどとうなづくものでした。というのも、スコットランドの大学を卒業して日本でALTとして中学や高校で英語を教えておられたからです。

英語や他言語を教えたことがあるかどうかでその人の話し方がはっきりと異なるように思います。

English as a global lingua franca (EGLF) と English as a lingua franca の違いはないと多くの人は言いますが、globalの場合にはより聞き手に配慮した話し方をするのかもしれません。自分の研究を話して終わりではなくて、聴衆全てが聞き取りやすく話すことを意識することができるかどうか、これは意識の問題だけで片付く問題ではなく、そのような習慣をつけてゆく必要があるように思います。

EGLFは今回のオックスフォードでの研究の一つの核になるものですので引き続き考えてみたいと思います。また講演終了後お話をしていてエジンバラはいいところだとおっしゃっておられたので機会があればぜひ行ってみたいとも思いました。

PS. 写真はサマータウンに出ていたホットドックのお店。Bratwurst というドイツ風ソーセージ (wurstはドイツ語でソーセージ)が美味しかったです。

(2018.6.12)

★今回の教訓:聞き手を意識した話し方は日本語でも重要だ。
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オックスフォード通信(75)アインシュタイン

日曜日にオックスフォードの中心部にある科学博物館(Museum of the History of Science)に行ってきました。

オックスフォードではアシュモリアン博物館をはじめ無料で入場できるところが多くあります。不思議なもので無料であればあまり興味がなくても足がむくものです。広場でGreen Dayの催しを見に行くのが目的だったのですが。

科学博物館なので実験器具とか方位磁石、コンパス、分度器、計算機などの展示で、1400年代くらいからだと思いますので、かなり昔の器具がおいてありそれなりに感銘を受けたのですが、まあ、歩いてふーんという感じで回るだけでした。

ところが地下に降りてある一角にたどり着いた時にうーん、とうなってしまいました。アインシュタインが書いた黒板がおいてあったのです。しかもその時の書いた字がそのままに(再現でしょうが)。

宇宙の起源についての発見につながったという数式らしいですが、アインシュタインがオックスフォードに来て講演をしたということを想像してワクワクしました。何かの発見は当たり前ですがどこかでなされるわけです。彼がオックスフォードで発見したわけではないですが、何かインスピレーションを与えられるような黒板の字でした。

私のオックスフォードでの研究も20%以上の時間が過ぎました。研究のブレークスルーがあるといいなあ、と思いながらアインシュタインの黒板を見ていました。

(2018.6.10)

★今回の教訓:本物はインスピレーションを与えるものだ。
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オックスフォード通信(70)BBC Radio 3

ストラテジーとはなにか?

これがオックスフォードでのこの1年間の研究の根底にある問いです。ストラテジーは方略と訳されますが、方略を持った学習とそうでない学習では何か違いがあるのか、という問いに言いかえることができるかもしれません。

もちろんこの問いにはYesと答えたいのですがそうではない、Strategicな学習を否定するグループもいます。それは言い換えると普通に生きているのと何か目標を持って考えながら生きていくのと何か違いがあるのか、と問いにもなるかもしれません。

人生と同じように学習にはつまづきやもうやめてしまおうと思うこともあります。その時に助けてくれるものが方略だと思います。生きるのも学習するのも本人であって他人が変わることはできません。でも他人との交わりの中で「気づく」ことはあります。また方向を修正したり、目的を再確認することもできます。どう考えても本人の無自覚な生き方や学習と戦略を持った生き方、学習では大きな相違があるように思います。

ただ、戦略を日本語で表記すると何かズルイという印象が滲み出てしまいますね。何か、いい邦訳がないものかと考えています。指針、作戦、計画、学習セット、プレイブック・・・。またいいものがあればご示唆ください。

さて、仕事をしながら日本でもオックスフォードでも自室の場合には音楽を聞くことが多いのですが、その際に集中できるのがLight Popかクラシック音楽です。ラジオ(インターネットラジオも含めて)自分で探して聞いていたのですが、昨日Pさんといろいろと話をしている中でBBC Radio 3Classic FMの違いになりました。両方とも知っていたのですが、流石に地元の人間ですね。イギリス人からするとBBCの方がよりseriousとのこと。そう思って聞いてみるとうーん、違いがわかる。友人と学習方法について相談するというストラテジー(メタ認知方略)がありますが、まさに音楽について相談していい道が見つかったように思います。この方法がいいのがPさんの優しい人柄がBBCを聞こうとする意欲につながるところです。

英語学習方略でも同じだと思います。先生や友人と英語の学習方法について話すといい道が見つかるように思います。こんなことを考えるとやっぱり方略はあるし、指針のある学習者は自分のプレイブックを持っているよな、と感じます。

自分の英語学習のプレイブック、生き方のプレイブックを持つことなんでしょうね。そこにいくつものフォーメーションが書いてあると役に立つのでしょう。

今、若ゼミメンバー(17期、18期)の協力も得てリスニングストラテジーの質問紙を作製中です。暫定版ができたら読者の皆さんにも試していただきたいと思っています。明後日、R先生と相談して何とか形にする予定です。

(2018.6.5)

★今回の教訓:英語学習のプレイブック、なかなか良いタイトルかもしれない。この線で考えてみよう!
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